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アルファベットを伝えたカドモス

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ギリシア神話において、カドモスは「アルファベット」をギリシア世界に紹介したと伝わる。


それまでにも、エジプトの象形文字・メソポタミアの楔形文字など、各地域には文字が存在していた。しかしその習得には手間がかかり、扱えるのは官僚や神官のような専門階層に限られていた。


しかし、アルファベットはそれらとは明らかに違う言語体系を用いた。紀元前一〇〇〇~五〇〇年ごろにギリシアで開発されたアルファベットは、「母音+子音」という音素の組み合わせで概念を表現する。いわゆる低コスト・高効率な表音文字体系。


これにより辞書の整備が楽になるのはもちろん、概念の抽象化・精緻化も可能となる。言語体系が、知能の情報処理能力を向上させた。


それは経済活動・国家運営・軍事活動のスケーリングを可能にし、思想・芸術・学問の発展と伝播を支えた。


二十世紀に入ると、機械を扱うための言語、つまりプログラミング言語も登場する。知能同士のインターフェースである言語は、人間と人間だけでなく、人間と機械を繋げることにも成功した。


言語は、あらゆる形式と規模に関わらず、それを扱う知能の情報処理能力の基底になる。


________________________________________


一節:五人


物理学者のガブリエル・ベーカー。英仏ハーフの百歳男性。

艦長のマーク・バロウズ。純白人系アメリカ人の四十二歳男性。

フライトコントローラのワンユェ、通称「猫星」。純中国人の二十七歳女性。

万能エンジニアのアナント。インド系のなりだが中央アジアにある謎の共同体「TISO」に籍がある十八歳男性。

そして、ノイド操作員の田中塵。純日本人の二十五歳男性。


 残留組の全員がそろった。マークが口を開く。

「この五名がカドモスに残った。火星圏には、猫星曰く中国側の軌道上ステーション『饕餮』に三名残っているだけだ。ハルモニアを含む火星表面の住人は全て地球に帰還した」

一九〇センチほどの筋肉質な体を、濃い青の上下服――カドモスの制服――で包んでいる。ギッチリと整えられた短い金髪と剛健な顔立ちが独特なオーラを放つ。

前置きののち、言葉を続けるマーク。

「まず直近の計画を発表する。喫緊の課題が二つ。UMOの物理的分析を含むカドモスの航行管理計画と、重力波信号の解読だ。一つ目の航行計画は私がメインで入り、フライトコントローラの猫星にも入ってもらう。二つ目の解読は、ガブリエルがメインで入る。アナントも基本は解読班だが、管理班から何かしら要望を出す可能性がある。そのときはこちらを優先してくれ。田中には、まず艦内インフラを担当してもらいたい」

全員が頷く。

「質問はあるか?」

ガブリエルが手を上げる。

「タイムライン」

「あぁ、マイルストーンを何個か置いている。航行管理班については、マイルストーン一つ目が必要なデータの収集、二つ目がUMO・小惑星・木星の挙動予測、三つ目が航行計画だ。今日中に二つ目の挙動予測のうち、可能性の高いシナリオ百種類を出しつくす。三つ目の航行計画については、シナリオの難易度や分散によるが、少なくともより長い時間をカドモスが安全に航行できるよう、実施と計画策定を同時並行で行う。今は地球側との連絡が取れないが、ガブリエルが指示した通り、地球側とこちらの通信を回復させることを地球側に依頼もしている」

「私の入る解読班は?」

「まず、信号が自然現象によるものか、人工的なものかの推定に時間を費やしてくれ。一日から二日以内で頼む」

「いや、だから」

「君を信頼はしている。しかしもっと私が納得できる理由が欲しい」

「……分かった」

「もし信号が自然現象によるものであると分かった場合は、UMOの観測およびカドモスの安全航行に五人で全力であたることにする。一方、もし人工的なものである可能性が高い場合は、その意味内容の解読を行ってくれ。もし意味内容が解読出来たら……それ以降は不確実性が高い、今はやめておこう」

 マークが一呼吸おいて、「田中」と呼びかける。

「はい」

「あとで必要な資料を送る。まずは、艦内インフラのインプットに時間を割いてくれ。段階的に各操作権限を与える予定だ」

「了解です」

 そして、全員に向きなおるマーク。

「最後に全員、聞いてくれ。幸い、電力はは今のところ無尽蔵に使っても大丈夫だ。さらに、最新の汎用BCIデバイスを準備した。全員分の認証は済ませてある。自由に使ってくれ」

「安全性確認は?」アナントが口を開く。

「私も気になる!」猫星も同調。

(いやいや、さすがにこんな状況で、艦長が洗脳用のウイルスソフトを入れてたりはしないだろ……疑り深いなぁ。)と田中は首をかしげる。

「ここで証明できるものはない。セキュリティソフトで各自確認して使用を開始してくれ」

「了解」アナントと猫星が同時に返答し、解散した。


 一日目。

 艦内インフラ維持という重要な雑用を任された田中は、まずマークから提供された資料のインプットを始める。基本的にはAIが各種インフラ維持のための調整はできる。しかし、「どの区画の電力を切るか」「異常時の対応」は人が必要になる。

 資料を全てBCI変換して脳に突っ込んだ後、情報の定着のためそれぞれの資料をざっと読み返す田中。

 まずは電力系統。主電源は核融合炉で定格五GW出力。補助的な原子炉があり、こちらは一GWの出力が可能。次に蓄電池。通常運用で三十日分の電力を蓄電している。核融合炉が破損した場合は原子炉を稼働。原子炉でまかないきれないか原子炉も破損した場合は、ハルモニアからカドモスへ送電。蓄電池の使用は最終手段となる。ハルモニアでの発電量・蓄電量がどれほどか分からないが、少なくとも今カドモス内の電力系統設備に問題は無い。

 次は空調を含む生命維持システム。この領域はAIによる自律的調整がかなり進んでいるが、好奇心で確認をはじめる田中。酸素生成装置は正常稼働しており、酸素の生成に必要な水素の貯蓄は……満タンの二十%。おそらく、避難ミッション中に大量の人間がカドモスにいたためだ。単純計算で、もともとカドモスに三千人程度いたとすると、今は五人なので六百分の一。この場合は、残存水素で三年間は必要な酸素を生成しつづけられる。

 水循環・温度・湿度・気圧制御については、特筆して理解すべきことは無い。

 問題は放射線・磁場・高エネルギー粒子など物理的外部要因の対策。もともと、放射線と微小隕石への対策は標準搭載されている。居住区の多くの場所は上水によるシールドで保護されており、放射線を低減する。また表面装甲ナノグレイによって、微小隕石の衝突による影響を最小限に抑えることができる。

 しかしUMOと木星圏が接近したことにより、微小隕石の飛来確率が爆増・および太陽系最強の木星圏磁場の影響を受けることになる。ナノグレイによる衝突効果低減や自動修復が間に合わなかったり、強力な磁場によりカドモス内の電子機器が故障する可能性がある。

「ヤバくない……?」定量的な予測ができない状況に、田中がつぶやく。

 「回避するか耐えるか」の基準となる微小隕石の質量や速度については、航行管理班と話して決める必要がある。それによって、カドモス内に貯蓄しているナノグレイを表面装甲の強化にどれくらい回すかが決まる。

 木星磁場による電子機器故障は、深刻なリスクだがおそらく喫緊の課題ではない。こちらも、航行管理班から木星と火星の位置関係の変化を聞いたうえで、考え直せばいい。

 最後が、区画の理解。といっても全員のほとんどの作業は、全て遠心重力が働く区画で完結している。マークと猫星はフライトコントロール室に、ガブリエルとアナントは研究用端末室にいる。田中は、先ほど打ち合わせがあった多目的室内でインプットをしている。

 寝泊まりは全員、多目的室に近い一棟で、それぞれ個室が用意された。電力節約とコミュニケーションの円滑化のためとマークは説明していた。

 大方のインプットを済ませた田中は、まず議論が必要な航行管理班のマークに電話をかけた。


プルル。

「田中、緊急事態だ。フライトコントロール室に来てくれ」逆にマークから話題が降ってくる。

「えっ、了解です」緊急事態と言われれば行くしかない、田中は急いで部屋に向かう。

 フライトコントロール室のドアはロックがかかっていない。艦長と猫星は操縦席に座っている。艦長は深くもたれ、猫星はなにやら身振り手振りをしている。

「かんちょ~、分かります? 私、UMOに恋してるんです。この包み込まれるような引力に惹かれるんです」

「まぁ物理的には引かれてるがな」

「そりゃ引かれるから惹かれるんです。はぁ、もっと近づきたい……」

「お前が重い女になったらもっと近づけるんじゃないか?」

(なんの話だ?)田中は立ちつくし、とりあえず会話を聞く。

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