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最前線のカドモス残留者

「はぁぁぁぁ」猫星が壁に顔を向け、ため息をつく。

「どうしたどうした」

「めっちゃ可愛い」小声で田中にだけ聞こえるように言う猫星。

「え?」

「もうダメ、可愛すぎて私ノックアウト」

「は?」

「ちょっと待って、もう一回見る」そういってちらっとアナントに目を向ける猫星。アナントも猫星の方を見ている。目が合ったのか、猫星の顔は再度壁を向く。

「ヤバい」

「一目惚れ的な?」

「いや庇護欲。こっちの衛星おっさんしかいないから。あの子何歳?」

「十八って言ってた。アンチエイジングしてるかもだけど」

「良い……むしろ、むしろということさえある」

「えーと、とりあえず飲む?」

「そうね! 飲みましょ!」

 猫星も含めて乾杯を再開。

「アナント、猫星曰く『可愛すぎる』だそうだ」

「ちょっ、田中! いきなり?」

アナントは真顔を貫いたまま。

「へー、猫星って本名?」

「えっと、えっと、ニックネーム。変?」

「別に」

「んんん」

悶絶する猫星。ツンツン系ショタ好きか……でもアナントはショタという程でもないしな……と呆れる田中。

 なんか色々メンドイなと思い、今の自分のホットトピックを投下する。

「照れてるとこ悪いが猫星、ヤバイ話があるんだ」

「ちょっと待った」アナントが静止する。「猫星、中国側衛星からの応援は君一人?」

「えっ、うん。私じゃダメだった?」

「いや、そういうことじゃないけど」

「んんん」

会話一ターン毎に、悶絶の三秒が入る予感がする田中。

「最終日に帰るってドア前で言ってたよね。じゃああと三日くらい?」

「そうだよ、それまで毎日飲む?」

「ちょいちょい」田中が静止する。「口説きが早すぎる」

「僕、最終日に帰るって言ったっけ?」アナントが少し鋭い目で猫星を見る。

「言ってないけど、ゴメン、もっと喋りたくて……」猫星がうつむく。

「あ、いや僕もごめん。いや別に問い詰めるわけじゃなくて」田中の観測史上、アナントが初めて謝罪をした。ノックアウトされているように見える猫星が、実はペースを握っている。そう田中は判断――特に意味もない判断――をした。

「はい! ヤバイ話いきます!」田中が手を挙げる。

「そう、それ聞きに来たの! いや、今はもう優先度低いけど」猫星がアナントをじろじろと見る。

「もうアナントには喋ったんだけどさ、ガブリエルさん知ってる? 百歳の。宇宙物理学者の」

「知ってる! 私も火星圏に三年はいるし、自然に耳に入ってくるよ」

「OKOK。その人と偶然喫煙所で会ってさ、紙タバコだったんだよ。僕も紙タバコで、もう大盛り上がり」

「話盛ってない?」

「なんで分かるの……まぁいいや。それでガブリエルさん曰く、高度に構造化された重力波信号が検出できたって。あと、これは例え話かもしれないんだけど、三日後の最終便で地球に帰らないとしたら? みたいな変な問いかけしてきてさ」

「え、何それ、ヤバくない? 人工物ってこと?」猫星がアナントをちらっと見る。アナントは特に答えず酒を飲み続ける。

「ヤバいよなぁ。これがUMO由来のものだったら……宇宙人あるんじゃねこれ?」

「うわ~~ちょっと複雑~~」

「え、ワクワクしないの?」

「私、占星術が好きでさ。宇宙人はあんまり考えたくないんだよね。純粋に物理的な挙動とその解釈に興味あるわけ。そんなことより、アナント君はどう思った?」

「うーん」少し思案するアナント。「信号にしても地球に帰らないとしても、信憑性がないね。そんな重要な情報を、田中に漏らす必要性も分からない。田中は多分、口が軽いし」

「うんうん」満足気な顔をする猫星。

「いやアナントの声聞きたいだけか」

「アナント君に完全同意よ」

「アナントは、そういう全肯定お姉さんが得意じゃないぞ。多分」

「えっ、えっと、じゃあ、そうね。ガブリエルさん、意外とお茶目な人なんじゃない? あと紙タバコって最近珍しいじゃん。田中が紙タバコ吸っててうれしくて喋っちゃったとか? 百歳でしょ? ボケてる……いやむしろ、不確定要素を楽しんでるのかもね」

「ふむ……一理ある」アナントが頷く。

「あるんかい!」少し驚く田中。感情面の考察に対して、アナントが同意したことが意外だ。

「猫星、後でちょっと話さない?」まさかのアナントからの提案。

(えっ……これもしかして)という目が猫星から田中へ向けられる。

「アナントの目に叶ったようだな。知らんけど。どうせ事務的な話だと思うけど」

 その後、猫星の占星術の話や、酒で饒舌になったアナントの小難しい話を聞き、一時間ほどで解散した。猫星とアナントは一緒に扉を出た。(おいおいいきなりワンナイトか?)と田中は思ったが、アナントは多分そういう奴じゃないと再考した。しかし、猫星が逆に誘う可能性もある。それらを踏まえてワンナイト確率は三十四%、という無意味な結論に落ち着いた田中はぐっすり寝た。


 十四日目。

プルル。

業務の休憩中、通話が鳴る。発信元は……マーク・バロウズ……? 艦長?! 田中は少し呼吸を整え、通話を開始した。

「はい、田中です」

「マークだ。今いけるか?」

「大丈夫です」

「今周りに誰かいるか?」

「ヘッド、じゃなくてハミルトンさんがいます」

「ヘッドでいいぞ、私もそう呼んでる。その場所で通話を続けても問題ない」

「何か重要な話……ですよね?」

「あぁ。結論から言うと……田中、カドモスに残ってくれないか?」

「最終便までは居るつもりですけど」

「いや、それ以降だ」

「えっ?」喫煙所のガブリエルの言葉が頭によぎる。

「アナントと猫星から共同で推薦を受け、ガブリエルからも承認が出た」

「えっ……っと、じゃあ残る人がいるというのは本当ですか?」待て待て、アナントと猫星も残るってことか? ということは、他にももっといるのでは?

「艦長の私が、冗談のために君に個人電話をかけると思うか?」

「無くはないです。ちなみに、僕以外で合計何人残るんですか?」

「四名」

「えっ、アナント、猫星、ガブリエルさん、艦長でもう四人ですよね? 他は?」

「いない」

「なんでやねん」さらなる想定外に、つい日本語が出る田中。

「ハハ、関西人か。まぁ背景を言うと、アナント君には信号解読に従事してもらいたくてな。艦内システム維持要員がもう一人欲しいというのもある。どうだ?」

「少し考えさせてください。期限はありますか?」

「今日中」

「分かりました、ヘッドにも相談していいですか?」

「OKだ。ヘッドだけには話を通してある」

 通話を切ったあと、しばし宙を見る田中。あれこれ考えるよりまずはヘッドに相談しようと思いいたる。

「ヘッド、ちょっといいですか?」

「あぁ」

「カドモスに残ってくれないかって、艦長が」

「らしいな」

「まず、新手のドッキリじゃないですよね?」

「違うな」

「了解。その、正直、悩んでるんです。残るのアリかなって」田中は、もともと火星に来た目的――人類の次へ行く――を思い出した。

「懸念は?」

「地球に帰る場合より、早死にしそう。いやでも数か月の差だしなぁ」

「俺の娘の結婚式は?」

「あぁそれもあった」

「ハハッ、冗談だ。微塵も考えてなかったろ」

「まぁ」

「田中お前、BCIはアナント君より多分適正あるぞ」

「えっ」

「田中がアナント君にちょっとした劣等感を持ってるのは見たら分かる。なんたって彼、めちゃくちゃ優秀だからな」

「痛いなぁ……言われてみれば、ちょっとあります。実際、能力的には下位互換だと思うし。カドモスに残る場合の僕の業務は、基本的に艦内インフラ維持だし。いや、重力波の解読もしてみたいし何かしら貢献はしたいんですけど」

「BCIは、アナント君より絶対上手くなる」

「なんでそんな」

「上手く言えないが、なんというか。判断より知覚に重きを置いてる気がするんだ、田中は。アナント君は判断寄りに見える。」

「うーん、分かるようで分かんないです。でも自信がつきました。元からけっこうあるんですけど」

「ハハッ。まぁ、地球に帰ってこいよ」

「どうでしょうね……けっこう無茶な要求じゃないですか?」

「火星圏の上司は、部下には無茶な要求をしろってマニュアルに書いてある」

「まさかの業務範囲内」

「さ、じゃあ最終便で一緒に帰るか」

「え? 僕、残りますよ?」

「え? 話の流れ的に帰るんじゃないの?」

「え? マジで言ってます?」

「嘘」

「いや怖いですって。とりあえず艦長に連絡します」

「おう」

 艦長にカドモス残留を告げ、田中は残り少ない避難業務を再開した。


 十七日目。

 約千五百人が、最終便に続々と搭乗をはじめる。田中が業務中にコミュニケーションを取ったカドモス職員も多い。ヘッドもこの便で帰る。

 ほとんどの乗客が搭乗を終えたころ、ノイド制御室でヘッドも退出の準備を始めた。

「ヘッド、行くんですね」

「ありがとう、田中。本当に来てくれて助かった」

「こちらこそです。そういえば、もっと早く帰れたんじゃないですか?」

「カドモスには愛着があってな。他の職員もほぼ最終便だろ? そういうことだ」

「いいなぁ」

「あ、時間ギリギリ。もう行くわ」

「おっす」

「田中」

「はい」

「宇宙人を怒らせるなよ? 田中のせいで娘の結婚式が見れなかったら恨むからな」

「ハハ。むしろ、抜群のコミュ力でUMOを止めてやりますよ」

「英雄過ぎる」

「任せてください」

「残留組の中では圧倒的下っ端だと思うが、俺は一番応援してるぞ」

「おっす」

「じゃあな」

ヘッドが制御室から出た。田中は乗客対応タスクで人力対応要請がきていないことを確認し、かみしめるように宙を見た。


 最終便がカドモスとドッキングを解除し、出発した。

 その後、マークから「多目的室にリアルで来い」との指示が入る。「タバコを吸ってからいきます」と言ってノイド制御室を後にする田中。

 喧噪の無い静かな通路。本当に自分は残ったんだな、と田中は実感する。タバコを吸い終えて多目的室に到着すると、既に他の四人がそろっていた。


重力波信号って何だ?

カドモスの設備も使い放題か?

猫星とアナントのカップリングはどうなる?


疑問、好奇心、性癖。


様々な思いを胸に田中は深呼吸し、入室した。


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