第89話 価値観の違い
回復薬が出来上がって皆さんにお配りして、なんとか一段落がつきました。
「これいつもの傷薬とは違うのか?」
「なんだか身体が軽いわ」
「なんでもできそうな気がする」
皆さんの傷が癒え、すぐに深淵の森『ヴァングルフ』に向かっていかれました。
西門が機能していないので、町にこれ以上魔物を侵入させないためです。
しかし既に日が傾き、空は赤く染まっています。これから夜になりますが、このような状況で休むこともままならないのでしょう。
魔物は夜に行動が活発になりますから。
「魔女さん。これ治りが早い気がするのですが、傷薬と違うのですか?」
サラさんが回復薬の小瓶を持って私に聞いてきました。
魔力が回復して、サラさんも動けるようになったようです。
「同じですよ。いつもの傷薬はそれを薄めたものです」
これはまだ、ファインバール伯爵家にいた頃ですわね。伯爵様の体調が悪いというので、作ってさしあげれば、怒られてしまったのです。
こういうものを世間に出すと私の身が危険だと。
効きすぎる薬は人の欲望を増長させるそうです。
それから伯爵様は私の薬は一切飲まなくなってしまいました。人には人の寿命というものがあると。
私が人に何かされるのは別に構わなかったのです。ですが、伯爵様にご迷惑をおかけするわけにもいかないと思い、薄めて傷を治す程度のものを作るようになったのでした。
「それでは、これが幻の万能薬というものですか!」
「違いますよ」
万能薬はどんな病をも治すことができる薬です。このように簡単な材料で作れません。
精霊水が手に入りにくいので、他の魔女の手を借りないと難しい薬ですわ。
一応、余分に作ってありますが、よっぽどのことがない限り出しませんわよ。
「ここかね!」
閑散とした冒険者ギルドの建物の中に、突然ご老人の声が響き渡りました。
「おお! 薬師の魔女。ここにおったのか!」
あら? ラファウール魔導師長さんですわ。
万能薬が効いて、あのデレニエル草の香が充満した部屋からでられるようになったようです。
「礼を渡すのを忘れておった」
そう言ってラファウール魔導師長さんは、ジャラリと音がするパンパンの革袋を私に差し出してきました。
この状況に既視感を覚えて隣を横目で見上げます。
受け取って、革袋の口を開くと金貨がみっちりと詰まっていました。やはり身分が高い人は金銭感覚がおかしいのですね。
こんなにもらえませんわ。
「こんなにいただくわけにはいきません」
「うわぁ〜。もしかしてこれ全部金貨なの? これだけあれば、一生遊んで暮らせるわ」
「そんなはした金で、作れる薬だとおもっているのか」
……サラさんとクロードさんの金銭感覚の違いが露骨に現れた言葉です。
「わかっておる。だが、今の手持ちはこれぐらいしかないのでな、あとは吾自身で払おう」
やはりラファウール魔導師長さんとクロードさんの金銭感覚は同じだったようです。
これは流石にもらいすぎですわ。
そもそも今回の依頼に幻惑の魔女から精霊水をいただいているのです。私としてはそちらだけで十分対価になっていますわ。
「厄災魂を食らうものを出現させないためにな」
これは、森で異変が起こっていることに対して力を貸してくれるということですか。
そういうことなら、言葉に甘えてもいいでしょうか。
「あの……グランディーア兄妹のことをお願いしたいのです」
ラファウール魔導師長さんを王都からこの辺境都市『エルヴァーター』まで連れてきたのがお二人です。面識はあるはずです。
「あの変わった者たちか?」
「はい。お昼にお話をしたように彼らは精霊術の精神干渉を受けているようなのです。他に何かを仕掛けられていると困るので、解除して欲しいのです」
お昼に訪ねたときにひと通り説明をさせていただきましたが、気になるのは統一性の見えない魂食いです。
クロードさんが実験といい。ラファウール魔導師長さんが十年前から既に仕込まれていたのではと予想を口にしていました。
お二人に何もないことが一番ですが、精霊術を使われたのが引っかかるのです。
精霊術は自然の魔素を使って施行するので、わかりにくいというのがあります。……もしかして、私たちにも何かかけられているとかありませんわね。
「途中までお二人と一緒に行動をしていたのですが、私たちにもなにか痕跡とかありますか?」
もし、私自身が気がついていないとかだと最悪です。
「ん? 流石に聖獣に感知されずに精霊術を施行するのは無理であるな。あと魔女は魔に長けておる。吾の罠をことごとく解除したあの若作り魔女!」
なんだか積年の恨みを思い出させてしまったようです。
そしてやはり、聖騎士は特殊な存在なのですね。
89話でした。読んでいただきましてありがとうございます。
次回は水曜日です。




