第8話 金貨100枚のボッタクリ
「え? 魔女のねーちゃん。聖騎士の旦那がいたのか? その旦那が嫌でここまで逃げてきたと?」
「バルトさん。私のことよりも、急ぐことがありますよね?」
元夫に二度と会わないように辺境まで足を運んだのは合っていますが、私のことなどどうでもいいではないですか!
「シルヴィアが逃げていたのは……」
「クロードさん。それ以上言えば呪いを返しますよ」
私がファインバール伯爵家に嫁いていたとか、バレると色々面倒ではないですか。貴族っていうだけで、ここでは遠巻きに見られることが多いですのに。
「む。……わかった二度と口にしない」
クロードさんにわかってもらえて嬉しいわ。
まぁ、再び物体Xに戻ってもらっても私は構わないのだけど、契約婚は色々制約があるから簡単には解除できないのよね。以前のようにロイドから解除を望んだのでしたら別ですけど。
「あ〜なんか。聞いちゃいけねーことだったか?」
辺境の地には訳ありの人たちが集まってくるので、バルトさんは気を使ってくれたのでしょう。
「クロードさんとは、この町で会いましたので、逃げてきたという人ではないですよ。では、バルトさん。道案内お願いしますね?」
私はにこりと笑みを浮かべて、お願いする。
嘘は言ってはいませんよ。ですが、こういう言い方をするときっとバルトさんは勘違いしてくれることでしょう。
私は誰かから逃げて辺境の地までやってきたと。そして、今も相手は私を探していると。
「悪いな。この前、目が血走った変なお貴族様が魔女のねーちゃんを探していたからな。旦那からも逃げて、変な貴族から逃げていたんなら、領主様にかけやってもいいかと思ったんだが」
それが元夫ですわ。
言いませんけど。
バルトさんは謝罪をして、踵を返して歩き始めました。
向かうのは町の西外門。その外門を通り抜ければ、そこはもう深淵の森『ヴァングルフ』。
この『エルヴァーター』は開拓初期の場所は、今は中央地区となり許可がある者しか入れない区画になっています。
町の中にも高い石の壁が立っているのです。それは開拓初期の名残です。中央区画を中心に町が大きくなっていったので、外門の外は深淵の森ということになっていました。
「どこに向っているんだ? 診療所じゃないのか?」
活気に満ちた大通りから、徐々に人気がなくなる西の端の方まできて、クロードさんは何かおかしいと思ったようです。
しかし、診療所ですか。この辺境の地では医者はいませんよ。いるのは治療師と薬師ですわ。
「深淵の森よ」
するとクロードさんが私の腕を引っ張って引き止めてきました。
「危険じゃないか。深淵の森といえば、強い魔物がいることで有名なところだろう?」
クロードさんが言うように、森に入るのであれば、それ相応の準備をするべきです。しかし、私にはそのようなものは必要ありません。
「魔物避けの香を焚くので、問題ないですよ」
この深淵の森『ヴァングルフ』は危険な魔物も多いですが、薬草の宝庫でもあるのです。
薬屋として出している商品の殆どは深淵の森の素材を使っています。ということは、私が一人で森の中をウロウロしているのはよくあることなのです。
「聖騎士様には、必要ねぇだろうけど、魔女のねーちゃんの魔物避けの香は、町の外からのやつも買うほど、効果抜群の人気の商品だ」
「え? 町の外の人が買っていくのですか?」
私はてっきり、森に入る新人の冒険者の方々が買っていると思っていました。
「ん? なぜ、誰が買ったのかをシルヴィアが知らないのだ?」
「それは、商品の要望があったギルドに下ろしているからです。とはいっても、直ぐに売り切れるそうなので、今は数を制限して出していますね……」
もしかして、これが原因だったりします?
「そういえば、クロードさんは、魔女が『エルヴァーター』にいることをなぜ知ったのですか?」
「魔女の万能薬という薬が、金貨100枚で売っていてな。どこから仕入れたのか辿ってきたら、この町についたのだ」
「金貨100枚の万能薬って何ですの!」
私は万能薬と言うものを作ってはいませんわ。なのにどうして、この辺境都市にたどり着くのです。
「あー……魔女のねーちゃん。ねーちゃんが傷薬として売っているヤツなんだが、冒険者の中では万能薬として取引されている」
傷薬が万能薬ですって! あの傷薬にはそんな万能薬ほどの効果などありませんわよ。
万能薬に必要な『精霊水』が入っていませんもの。
「それが、かなり高額取引されているから、冒険者ギルドでは魔女のねーちゃんの傷薬を取り扱うのを止めたんだよ」
……確かに冒険者ギルドでは傷薬の発注はこなくなりましたわね。
しかし、おそらくそれが原因だったのでしょう。
ファインバール伯爵領でも傷薬は作っていましたから、ロイドがその噂を知って、この辺境の地までやってきたと考えられます。
もう少し、薬を卸す量を減らした方が良さそうですわね。魔女が辺境都市『エルヴァーター』にいると知れ渡れば、面倒ごとがやって来そうですもの。
「まぁ、その件は少し私の方で対策をしますわ。金貨100枚でボッタクリをすれば、いいのですわね」
「魔女のねーちゃん。それは俺が破産するから止めてくれ」
冗談ですわよ。
「あ、因みにその金貨100枚の万能薬を買って使ってみたが、呪いには効かないんだな」
「何を当たり前のことを言っているのです?」
「流石、聖騎士様だ。ボッタクリの金貨100枚を普通に出せるなんて……」
本物の万能薬でも呪いには効きませんわよ。馬鹿ですか。
因みに私が売っている傷薬は半銀貨1枚です。
お昼に食べたお肉よりも安いですわよ。