第78話 魔女にも得手不得手がある
「ふーん。確かになにかの痕跡があるわね」
グランディーア兄妹を横に並ばせた幻惑の魔女の言葉です。
カイトさんの方はいつも通りですが、レイラさんは既に白目を剥きかけています。
いいえ、完全に気絶していますわね。それをカイトさんが片手で支えていました。
「それで、禁厭の魔女は何と考えているのかしら?」
「精霊魔法でしょうか?」
「そうなるわね。『何を命じられている』」
精霊の言葉を扱う幻惑の魔女。
「もう一度おっしゃってもらえますか? 麗しの魔女王殿。聞き取れませんでした」
精霊の血を引いていても、精霊と関わらなければ、その言葉を覚えることもありません。
だから、カイトさんは幻惑の魔女の言葉を理解できなかったのでしょう。
「『見たものを忘れろ』」
代わりと言わんばかりに、意識を失ったレイラさんが応えました。いいえ、精霊の使う言葉自体に力があるため、言葉を理解できたレイラさんが反応したということでしょう。
「『何を見た?』」
「『それは忘れること』」
忘れるように暗示を掛けられたので、記憶していないということですか。そしてその代わりに別の記憶を上から塗り替え改ざんされたと考えていいでしょう。
しかし、これは精霊魔法を使う者と接触したということになりますね。
ですが、お二人にその記憶はない。
「レイラ? 寝言ですか?」
カイトさんにはレイラさんが何を言っているのか聞き取れず、寝言のように感じているようですね。
「複雑な魔法ではないので、放置でいいわ。術師を排除すれば解呪されるもの」
「マリー。何を見たかを聞き出さなくていいのか?」
「無理よ。それは解呪しても覚えていないことになっているもの」
記憶を封じたのではなく、上から塗り替えたとなると、元の記憶が戻るわけではありません。
「あの、それから天河の魔女と水月の魔女とお話をすることがありまして、ケットシーが関わっているのではと、言っておりました。それから、ハイエルフの知り合いが最近妖精が攫われるという事件が頻発していると言っていましたので、妖精族が何かしら関わっている可能性があります」
私はここまで知り得た情報を話し出します。
エルフのシャロンさんが言っていたことと、グエンデラ平原でケットシーの幼生を見つけたことは繋がっていると思われました。
そして魂を食らうものに繋がるモノのことです。
「カイトさんとレイラさんに、グエンデラ平原の更に奥の話をした時です。お二人がおかしな反応を見せたのです。なので、恐らくそこに魂を食らうものに繋がるものがあると思われます」
すると、今までピクリとも動かなかったバルトさんから、うめき声が漏れ出てきました。
「厄災魂を食らうものだと? ありえねぇ」
え? そこ否定されますの?
エリアーナさんはそれを危惧されて、戦いに参加したくないと言っていましたよ。
「えっと、三十年前にも同じようなことがあったのですよね?」
あ、三十年前だとバルトさんは、生まれているか生まれていないかの頃になってしまいますか?
「あったわね。でもあれは、儀式が成立しなければ顕れないわ。すでに三体倒したのでしょう? だったら、残り六体を倒せばいいこと」
幻惑の魔女の言葉に、記憶の奥にしまわれていた情報が引っ張り出されてきました。
魂を食らうものが出現する前に、魂食いが現れる理由。
命を対価に厄災を喚び出す儀式。
その厄災を喚び出す儀式に用いる魂を狩る死の使者。魂食い。
私は陶器の欠片を結界に包んだまま三つ取り出します。
これが十集まれば、一つの形を成す呪器となるはずです。
「一人犠牲者がでてしまったから、残り六つよ。ただ、以前と違って森に出てきている魔物の数が多いと聞いているわ。そうなると、排除されることも考慮されている可能性があるわね」
儀式を完成させるために、十体のソウルイーターではなく、それ以上のソウルイーターを用意している可能性があるというのですか。
「心配しなくても、それに対応できる人数をかき集めているわ。戦闘に不向きの禁厭の魔女には、追加の回復薬でも作って欲しいものね」
これが、さきほどエリンさんが言っていたことですか。この辺境都市に住む者が課せられる義務。
有事の際には戦うことを求められると。
「聖騎士も手を貸して欲しいけれど、主従の契約は厄介だからいいわ。下手すると、こちらがペナルティーを負うことになるもの」
「ああ、俺はシルヴィアの側にいる」
そう宣言するクロードさんに、腰を抱えられてしまいました。
えっと、そんなにピッタリとくっつかなくてもいいと思います。
……そう言えば、その主従の契約を見直したいと思っていたところです。
この際、思い切ってその辺りを改変してもいいのではないのでしょうか?
「しかし、グエンデラ平原の更に奥か。精霊魔法となるとラファウールの手を借りたいところだが」
「あなた! あんなクソジジイに頼らなくても、私がいるわ」
やはり魔導師長さんは、サイさんが頼るほど凄い人のようです。
ですが、なんとなくわかってしまいました。
そうやってサイさんが魔導師長さんを頼るから、幻惑の魔女が嫉妬して犬猿の仲になってしまったのですね。
魔法に長けた魔女と言っても、得手不得手がありますもの。そう、私が戦いに向かない魔女のようにです。
78話でした。読んでいただきましてありがとうございます。
次回な日曜日です。