第74話 まさか旦那が浮気したから毒殺を
「魔女のねーちゃん、朝から頼みがあるんだが……」
店を開店した早々、店が開くのを待っていた冒険者のバルトさんが入ってきました。
「って聖騎士の旦那はどうしたんだ?」
カウンターの上で、うつ伏せになりうめき声を上げているクロードさんが気になったようです。
「私が作ったカリス水を試してみたいと言って、このような状態ですね」
「あの床で、悶絶しているねーちゃんは?」
エリアーナさんをそのまま床に寝かせておくのもどうかと思いましたので、一応絨毯の上に寝かせています。
ただ、時々変な奇声をあげていますが、聖水を飲んだので仕方がありません。
これを毎日していたとは、本当に尊敬ものですわ。
「マリーアンヌ様のところで、お世話になっている人ですわ」
「いや、どういう状況か聞きたかっただけなんだが……外からは聞こえなかったが、人の声じゃないぞ」
「そう言われましても、カリス水を毎日飲んでいると言っていましたので、本人にとってはいつものことではないのですか?」
「あ……いや……なんというか……」
「朝からキマっていますね!」
バルトさんの背後から、カイトさんが店に入ってきました。朝早くから店に来られるのは珍しいですわね。いつもは閉店間際に来られますのに。
そういえば、グエンデラ平原の調査はスムーズに終わったのでしょうか?
「カリス水ですか。『悪魔の涙』と言われるほどの劇薬。そのまま苦しみ悶えて力尽きるしかありませんね」
「……魔女のねーちゃん。まさか旦那が浮気したから毒殺を!」
カイトさん。それは服用量を間違えばそのようになります。
禁厭の魔女である私が、そのような間違いをするはずないですわ。
「魔女さんの嫉妬。怖い」
そしてカイトさんの背後から、レイラさんが顔をのぞかせてビクビクとしています。
あの? どうして私がクロードさんを毒殺していることが、決めつけられているのですか?
クロードさんから飲みたいと言ったと説明したではないですか。
「はぁ、カリス水はネプラカリスの姿から『悪魔の涙』とか言われていますが、貴族の方々には『聖水』として重宝されていますよ」
「「「ウソ」だ」ですよね」
仲がとてもよろしいのか、声がぴったりと揃っていました。
まぁ、このようにうめき声や奇声を上げている姿を見れば信じられないですわよね。
「お二人のことは放置していいので、今日はどのようなものをご希望ですか?」
「よくない気もするが、今日はギルマスの命令できたんだ。全てを買ってくるようにと」
「え? この家は借りているので、欲しいのでしたら、所有者のマリーアンヌさんと交渉してください」
私はここに住まわせていただいているだけです。家が欲しいのでしたら、サイさんか幻惑の魔女と交渉して欲しいですわ。
「建物のことは言ってねぇ! 薬のことだ」
「あら? 全てと言われましたので、土地ごと欲しいと言われたのかと」
「魔女の店主の思考は、ズレていますね。今から魂食い討伐に向かうのですよ。そう言えば、あのあと結局グエンデラ平原での収穫はありませんでしたよ。無駄足でしたね」
「何もないとわかっただけ僥倖。でも、昨日から森の異変が顕著にみられる」
クロードさんが、魔牛を大量に狩ってきていたのを報告する前に、冒険者ギルドが動き出したようですね。
しかし、グランディーア兄妹もあのあと、何も異変を感じずに戻ってきたのですか。
海の精霊のニンフの血を引くお二人なら、何かわかるものがあるかと思ったのですけど。
やはり、種族が違う妖精族は感知できないのでしょうか。
「あの……その更に先の未開の原生林に、変わったことを感じられたとかありませんか?」
「残念ながら、依頼内容にないことはしませんよ。そんな無駄足を伸ばすことは」
カイトさんの言う通りですわね。それは別の依頼になってしまいますもの。
「更にその先は魔境。そこまでの準備はしていない。だけど、上からみると森に穴があいていた」
上とは岩山の頂上ということですか?
「確かに人の手が入っていない森にしては、不自然なほど木が生えていませんでしたね。しかし、視界が塞がれた魔境では数日はかかりますね」
「奥に行くほど濃い霧が立ち込めている。だけど、そこだけぽっかりと穴が空いていた。今思えば、結界だったかもしれない」
私はグランディーア兄妹の話に、首を傾げます。
おかしいですわね。
魔力食いの木が植わっているところからも、グエンデラ平原の更に奥が目視できました。
夜が明けたぐらいは、一番霧が立ち込めてもおかしくない時間帯です。しかし、そこからは森がはっきりと見えたのです。
「クロードさん。そろそろ回復しませんか?」
私はカウンターに突っ伏しているクロードさんに呼びかけます。
「世界が……回っている……」
まだ、カリスの取り込んだ力が馴染んでいないようですわね。
「なに? セーキシがこんなことで動けないのぉぉぉぉ? 私は元気よぉぉぉぉぉ!」
目が覚めたエリアーナさんが、幼子が後ろに隠れてしまいそうなほど、大きい鉄球を振り回しながら近づいてきました。
色々破壊されています!
なぜ鉄球を振り回しているのですか!
それもハイテンションで。
補足。
カリス水原液を飲んだ者の姿から、『悪魔の涙』と言われている。(人族側)
禍々しい魔樹に白い鳥がとまっていると、水滴みたい。悪魔の木が泣いているみたい。(魔女側)
と、諸説あり。
報告があります。
『魔女との契約婚で離縁すると、どうなるかご存知?』のコミカライズが進行中です!
やっとWEBサイトで報告できました。(書籍のほうではしていましたが…)
とはいってもコミカライズを皆様に読んでいただけるまでは、かなりの時間が必要です。
待っていただけると嬉しくおもいます。