第70話 この私に戦えと言うのよ!
「でも〜妻と言っても、所詮は契約上のでしょう? 魔女って怖いのよ。頭からバリバリ食べられちゃうのよ〜」
どこの魔女の話ですか!
人を丸呑みする魔女など存在しません。
「あの勇者が復活するとかというデマで、魔女に拘束されているって、ウザくないですか?」
デマ。確かに倒した勇者が復活するなど。信じたくないことでしょう。しかし、勇者は世界そのものを恨んでいると思われます。
「だから、魔女にとらわれる必要なんてないのよ」
「その口を閉じていただけないですかね?」
目が笑っていない笑顔を浮かべているクロードさん。怖いです。
「シルヴィア。邪魔な客を追い出す機能は、この店に備え付けられていないのですか?」
クロードさんに店の防犯機能のことを聞かれましたが、そんなものがあれば、クロードさんに使っていましたわ。
「ありませんわよ。それよりも匿って欲しいと言われたことが気になるのですが?」
神官騎士としての誇りを持っていそうなエリアーナさんが、神官騎士としての仕事を拒むとは思えません。
「シルヴィア。朝食を邪魔をしにきた者に容赦など必要ないでしょう」
あ……空腹で機嫌が悪いということですか。仕方がないですわね。
「焼き上がっているお肉を食べているといいですわ。空腹で出てこられても困りますから、代わりに焼いて差し上げます」
「え? 本当に!」
あ……クロードさんの背後から、白いしましまの尻尾が振られている幻覚が……
「エリアーナさん。神官騎士として、お仕事をするのは当たり前ではないのですか?」
私は、エリアーナさんに四人がけのテーブルの席につくように促し、お茶を出します。
朝食がまだだと気がついたエリアーナさんは、大人しく席につきました。
そしてクロードさんは、私がいつも座っているカウンターの席に座り、機嫌よくお肉を食べ始めています。
こんな狭い空間で聖獣青虎に出てこられたら、それこそ強制排除しますわ。
「今朝早く、叩き起こされたのよ。魂食いの被害者がでたって」
被害者。魂を喰われ生きる屍となった人がですか。
「普通の魂食いなら何も問題はないのよ。肉体の時を止めれば、魂食いが倒されれば、魂が戻ってくるから」
はい。ダンジョンなどで見られる魂食いはそうですね。魂を喰らいその魂が消化されるまでなら、肉体に戻ることが可能です。
「でも人工的に作られた魂食いは、魂が断絶されて元に戻らないのよ。これは厄災魂を食らうものの兆候。歴史書にあったとおりだわ」
魂を食らうものの恐ろしさは、昔話で語られることが多いのです。
その力は強大で、すべての魂を喰らいながら蹂躙していく。通ったあとは何も残らないと。
どの属性の魔法も呑み込まれ、剣の刃も突き刺さらない。そして接触すれば、肉体から魂が奪われ、生きた屍となる。
生きた屍。これが、厄災魂を食らうものの二次被害を生み出すのです。
魂を奪われた肉体は己の魂を探し、いろんなものを襲い出すのです。
これは人では対処不可能なため、世界の理として魔女が動き出すのです。
「魂食いの討伐に付き合えというのよ。あの性悪魔女は神官騎士ではなく、下品な冒険者などに混じって戦えというのよ。この私によ」
……それの何が悪いのでしょうか?
魂食いは早めに対処して、魂を食らうものの発生を抑えなければなりません。
「嫌だと言ったら、三十年前も同じようなことがあっても対処できたから、大丈夫だというのよ。そんなことが頻繁に起きるところに居たくないわ」
ん? 三十年前? どこかでそのフレーズを聞いた気がします。
「もう、あんな戦場は嫌よ」
エリアーナさんはそう言って、テーブルの上で顔を埋めていたのでした。
私は焼き上がったお肉をクロードさんに出しながら、最近の記憶をたどっていきます。
……この三日間はとても忙しかったとしか思い出せませんわ。
あ! 冒険者ギルドのギルドマスターがそのようなことを言っていた気がします。
『では、聖騎士ハイヴァザール殿にご助力を願いたい。今回の件はどうも三十年前のことを彷彿させるのだ』
グランディーア兄妹が依頼を受けるきっかけのときですわね。
そう言われると、周期的に発生するのはおかしなことです。
「なぁ。三百年前に発生したときも未開の地だったと言っていたな。未開の地である必要があるのか?」
先代の禁厭の魔女の死の原因ですね。場所は未開の地ジャラベラス。
未開の地であるメリットそれは……
「人の目がないことと、大地が豊富な魔力で満ち溢れていることですわね」
人が介入できない土地の共通点は、濃厚な魔力に満ちた地と言えました。
防御するものがなければ、その土地の魔力に殺されるのです。
ですから、深淵の森『ヴァングルフ』の奥地グエンデラ平原の更に先には人が入れないのです。
……未開の地……更に奥。
グエンデラ平原の魔物が現れていたので、そこで異変が起こっていると思っていましたが、もしかして……だから再び発生した?




