第68話 酔わせればいいのである!
「ケットシーがですか?」
確かにケットシーがあの場にいた理由が不明でした。それに霊樹が、何故追いかけていたのかということもです。
クロードさんの方を見ると、肩の上で器用に丸まって、黒い毛玉が気持ちよさそうに寝ています。
「妖精族は、基本的にイタズラ好きだからのぅ」
ん? それと今回のことが何が関係するのでしょう?
「モノを隠すのが得意なのじゃよ。それにケットシーは、一族の王が命じれば動くから扱いやすいのぅ」
「え? 王?」
ケットシーの王が、今回のことに関わっているというのですか? 隷属されて?
「まぁ。今回はその幼生が囚われていたからと考えた方が良さそうだねぇ。流石に王がそのようなことに関わっていないだろうねぇ?」
それであれば、納得できます。
そうですね。ケットシーの幼生が囚われていて、それを人質……ケットシー質にされて、動いているケットシーがいると。
逃げ出したのか、放り出されたのかは不明ですが、あのグエンデラ平原を逃げ回っていたということですか。
「あのケットシーの能力は、範囲があったりしますか?」
「さてそれはどうだろうねぇ?」
「住処を何処か悟らせないからのぅ。範囲能力は持っているのぅ」
これは、天河の魔女は妖精の国に行ったことがあるようですね。
私も一度は行って見たいと思っていますが、妖精王の許可がないと妖精国に入れないのですよ。
ん? 勇者は妖精国に入れたということは、妖精王とのコネクションがあったということ?
これはどういうことでしょうか?
彼は異界から召喚された存在のはずです。誰かが仲介した?
「ふーん。能力には範囲があるのか。だから森では異常が見られて、平原の方は特に何もなかったのか。それって解除できるのか?」
クロードさんが天河の魔女に質問しました。その言葉を聞いた天河の魔女は、自信ありげに空間からあるものを取り出します。
「ケットシーの好物じゃ」
そう言って取り出したのは細い木の枝です。
「なんだ? それは?」
「マタタビである。酔わせれば、術の維持ができぬからのぅ」
マタタビですか。
すると今までクロードさんの肩の上で丸まっていた黒い毛玉が、小枝に向かって飛びかかっていきました。
確かにマタタビは効果的でしょうが……。
「術を使っているケットシーが、何処にいるのかわからないのですが?」
あの広大なグエンデラ平原で、マタタビを持ってくまなく移動するのは、現実的ではないです。
グエンデラ平原……広大な……広域範囲……それを覆うもの。
「あ……魔力食いの木に囲まれた場所であれば……」
「おや珍しい。魔力食いの木かえ? それであれば簡単ではないのかねぇ?」
「まぁ、その方が現実的じゃのぅ」
魔女の三人は、納得したように頷きながら、マタタビの小枝をシガシガと噛んでいるケットシーに視線を向けます。
「え? なんだ?」
困惑したクロードさんの声を聞きながら、私は立ち上がります。そして、ケットシーを抱えてにコリと笑みを浮かべました。
「美味しい珈琲ご馳走さまでした。クッキーも美味しかったです」
「なに、大したことを答えられなかったがのぅ」
「今度は禁厭のが、お茶をご馳走してほしいねぇ」
「クロードさん。帰りましょう。対価の分の情報はいただきました」
二人の魔女に背を向けて、乗ってきた荷馬車に乗り込みます。
これ以上は過分というものです。
「もう、いいのか?」
「はい。元々は天河の魔女に調和をお願いしにきたのですから」
解決策は見えてきました。魂食いの件も、ケットシーの件も、魔力食いの木があれば対応できます。
「禁厭の。何かあれば我らに声をかけるのじゃよ」
「一人で解決しようとするのは、さみしいからねぇ」
人の姿から逸脱した魔女の二人が、手を振って見送ってくれています。
きっと先代の禁厭の魔女と仲が良かったのでしょうね。
「いつかまた」
それだけを言って、骨の魔導生物に出発するように促しました。空間に浮いた島を出た瞬間、落下する荷馬車と魔導生物。
「うわっ! シルヴィア、落ちている! 落ちているぞ!」
「落ちていますね」
先程までいた島が、高く頭上にあるのが見えるほど落下しています。
「これ道から外れているじゃないか!」
「帰り道は、これであっています」
「マジか!」
浮遊感がなくなったと思えば、頬に冷たい雨が落ちてきました。
上をみると、どんよりとした雲が広がっています。
地上に戻ってきたようですね。
「魔女の中庭の仕組みが全くわからない」
ポツポツと降ってくる雨に打たれながら、項垂れているクロードさん。
「そうですね。島全体と言った方がいいですか。この雨も魔力浸食の雨ですから、当たりすぎると魔力がどんどん減っていきます」
「え?」
ケットシーが雨にあたらないように、撥水効果がある外套を取り出します。
この雨の前では、普通の魔女の結界など無意味ですから。
「それって魔女にとって不利益じゃないのか? 何故ここに住んでいるんだ?」
クロードさんも外套を取り出してまとっています。
まぁ、普通はこのような雨は降りませんからね。それは疑問にも思うことでしょう。
「そうですね。晴れている時に空を見上げれば原因がわかると思います。それは魔女にとって利益があるので、誰も文句は言いませんよ」
そう言ったにも関わらず、曇天の空を見上げるクロードさん。
だから晴れているときではないと、見えません。
「魔女って、知れば知るほど疑問が増えてくるんだが?」
「まぁ、人ではないですからね。あと、他の魔女に会うことがあっても、剣は抜かないでくださいね」
「……約束はできないが、努力はする」
そうですか。水月の魔女みたいだと、剣を抜く可能性があると。困りましたねぇ。
こうして雨が降る魔女の島を荷馬車で戻っていったのでした。




