第67話 禁厭の魔女の死
「今すぐには無理であるが、準備ができ次第、調和を行おうかのぅ」
了承を得られたことにホッとため息が出ます。魔女には守らなければならないものがあります。
アランカバル。その存在の理由を魔女以外が知るわけにはいきません。
「それでは対価として……」
私は空間から物を取り出そうとしていると、天河の魔女が手を上げて、それを止めてきました。
「また、我らとお茶を共にしてくれればそれでよい」
「禁厭と我らは相性が良いからねぇ。たまに会ってくれると、妾も助かるというもの」
しかし、それはそれ、これはこれです。対価を払わないわけにはいきません。
私は空間から一つの小瓶を取り出します。
「それでは、知識が足りない私に、教えて欲しいことがあるのです」
魔女にとって知は力です。簡単な知識でもこれなら対価を払う理由になります。
「それならよいぞ。これは魔力回復役であるのぅ。それで、何が知りたいのじゃ?」
私は再び空間に手を入れて、あるものを取り出して、テーブルの上に置きました。
それは結界に包まれた小さな陶器の破片です。
それを見た瞬間、二人の魔女の目の色が変わりました。
「これについての対処法を教えて欲しいのです。魂食いから魂を食らうものの発生を阻止する方法です」
1500年前に現れた魂を食らうものの記録も詳細も口伝も殆ど残らず、残っているのは魔女のうちの誰かの知識しかないと思っています。
「三百年前に魂を食らうものが出現したのじゃ」
「え?」
これは私の知識にない話です。それではこのお二人なら、その情報をお持ちかもしれません。
「現れた場所は、未開の地ジャラベラスでしてなぁ」
「ん ?ジャラベラス?」
その名は私の知識にあります。人の手が入っていないので、珍しい薬草が採取できるので、禁厭の魔女としては宝の山と言っていい土地です。
「そう、禁厭の、以前のそなたが住んでおった近くじゃ」
「妾たちも詳しくは知らないことがゆえ、話せることはないのだえ」
「ただ、禁厭のから魂を食らうものが顕れたので、消滅させると連絡が来ただけなのじゃ」
「せめて、幾人かの魔女に声をかけて待つ時間はなかったのかと、今でも思うのだけどねぇ?」
どうやら、先代の禁厭の死の原因が、魂を食らうものだったようです。
しかし、わからないでもないのです。
魂を食らうものの出現は厄災そのもの、早めに対処させなければ、その力は増大していくばかりなのです。
「そうですか。残念ながら、血の継承がされなかった知識は私は持ち合わせていません」
「それは魔女であれば当たり前の話じゃ」
これは本当に鎮星の魔女でないかぎり、その知識を持ちあわせていなさそうですね。
「なぁ、色々疑問なのだが、何故シルヴィアにはそのアルマトルーの知識がないんだ? そのモノと戦ったのだろう?」
魔女でないクロードさんからすれば、不思議ですよね。
私は額の魔石を指します。これは魔女である証と共に、知識の保管庫のようなものです。
「魔女はその知識を受け継がせるために、魔女を生み出します」
「子供という意味か?」
その言葉に私は首を横にふりました。人と魔女の姿は同じようでも、魔女は魔女なのです。
「妾も人として暮らしていた頃は、子供がいたねぇ。だけど、その子供らに魔女の適性はないものだえ」
水月の魔女がコロコロと笑いながら言います。人として暮らして、人との間に子供ができても、その子供が魔女になることはありません。
「魔女は分身のような存在を作るのじゃ。じゃが、それは知識があるだけの人と変わらない脆弱な存在じゃ」
「どういう意味だ?」
「そのモノには、魔女の力の根源たる魔石がないのです。血を受け継ぎ世代を渡ることで、魔女の証となる魔石を血の中で育てるのです」
「要は、人の身で高魔力を持つ存在を作り出し、適正者が魔女の魔石を持って生まれてくるということじゃな」
「意味がわからん」
魔女である感覚と、人の感覚は違うのでしょうから、そのあたりの説明は難しいですわね。
「そうですね。魔女の知識は死を悟った魔女が受け継ぐ存在に託さないと、次代に受け継がれないので、私に知識がないのです」
「なんとなく、わかったような気がするが、それだと死を悟らなかった魔女は知識が受け継がれず、次代の魔女が存在しないことになるが?」
「はい」
「そうであるのぅ」
「ここ千年の間でも、存在しなくなった魔女はいるからねぇ」
別にその魔女が存在しなくなっても、新たな魔女が生まれるだけです。
恐らく、先日幻惑の魔女に招待されて、彼女たちに会った魔女の中にも、新たに存在することになった魔女がいたのではないのでしょうか?
「しかし今は魂食いの状態なのかえ?」
「顕れているのは、魂食いなのですが、原因と思われる場所には特に変化が見られず、その周辺のみで見られるのです」
これが一番謎なのです。恐らく今日クロードさんが遭遇した魔牛は、グエンデラ平原の異変から逃げてきたと思われるのですが。
「それは、その聖騎士の肩の上に乗っているものが、関わっているのではないのかのぅ?」
天河の魔女は、クロードさんの肩の上で器用に丸まって寝ている黒い毛玉を指していたのでした。




