第66話 何故に食べている私を見ているのですか?
剣を抜きそうになるクロードさんの右手を押さえます。人らしくなくても、相手は魔女ですからね。
「だから、留守番をお願いしたではないですか」
水月の魔女を見て、肩で息をしているクロードさんに言います。
そして水月の魔女といえば、楽しそうにホホホホっと笑い声を上げていました。その声に連動するように人の形をした水が蠢いています。
見た目は水辺にいる邪霊に近いですが、魔女です。魔女なのです。
「禁厭の魔女よ。聖獣使いと主従の契約をすれば、従者として連れて行かねばならぬはず」
「そうですなぁ。確か何代前の聖王であったか?好奇心が旺盛すぎて、困った聖騎士共が聖王に新たな縛りを与えていたゆえ、王は文句を言っておりましたなぁ?」
それはまさか鎮星の魔女が言っていた、行動を共にしなければならないという言葉にかかってくるのですか。
またしても知識の更新が必要な部分が発生しています。いいえ、そもそも私は精霊とか霊獣とかに特に興味がないので、知ろうとは思っていなかった部分でもありますね。
「そうなのですか」
「まぁ、そうだな」
大きく息を吐き出したクロードさんから力が抜けるのを感じたため、私はクロードさんの右手を解放しました。
剣を抜かなくてよかったです。
「しかし、水月? の魔女だったか? 来るのが早くないか?」
魔女に対して、臆すことなく水月の魔女に話しかけるクロードさん。普通は、目の前の存在に逃げ腰になると思うのですけど。
「よく遊びに来るがゆえに、水の通路は確保しているからねぇ。行き来は簡単だえ?」
水月の魔女は、暗闇に浮かぶ島の水が湧き出ているところを指しながら言います。あれはきっと、水月の魔女専用の通路なのでしょう。
「昔は禁厭の魔女の庭にある川にも出入りしていたけど、アレから使っていないねぇ」
先代の禁厭の魔女と懇意にしていたのであれば、中庭の小川に通路を作っていたのでしょう。
「それで、今日は何の要なのかのぅ?」
天河の魔女が、ティーカップを四脚置いて自分も席につきました。
ティーカップの中身を覗き込むと黒い液体で満たされています。
「珈琲が出てくるなんて珍しい」
クロードさんはこの飲み物を知っているようで、そのまま飲んでいます。
そうですか。
お茶っ葉を煮立たせたものとかではないのですね?
「魔女見習いがやっておる喫茶店があってのぅ。一度冷やかしに行けば、珈琲というものを出されて気に入ったのじゃ。ほれ、甘党の禁厭のには、ミルクと砂糖をたっぷり入れて飲むとよい」
どうやら、紅茶と変わらない飲み物のようです。
言われたとおりに、砂糖とミルクをドボドボっと入れます。
「ホホホホホ。懐かしいものだえ? 焼き菓子も食べるとよい」
水月の魔女が機嫌よくテーブルの上に焼き菓子を置きました。
樹の実や乾燥した果実が入っているクッキーです。
お皿の上に盛られたクッキーを一枚とり、口の中に入れました。
小麦の香ばしい香りと甘み。そして樹の実のこりこりとした食感に酸味がある乾燥果実。とても美味しいです。
それを砂糖とミルクたっぷりの珈琲とやらで喉の奥に……
「美味しい! 甘くて酸味と香ばしさがある飲み物って珍しいです!」
あまりにも衝撃に、謎の珈琲とやらをマジマジと見てしまいます。
疲労回復。美容効果。老化防止に集中力上昇。
これだけでは効果が薄いですが、他の薬草で効果を上昇させれば……
私がブツブツと独り言を言っていると、三方から笑い声が聞こえてきました。
その声に顔を上げますと、三人が笑いながら私を見ていたのです。
仕方がないのです。初めての物は、どういう効果があるのか気になるではないですか。
「禁厭のは、勤勉であるのぅ」
「相変わらずだえ?」
あの……私は先代の禁厭の魔女ではありませんよ。それに禁厭の魔女としての特性上、仕方がないところがあるのです。
「あ……こちらを訪ねた理由ですね」
先程のことはなかったことにして、私は話だします。
そして私は勇者が妖精国に赴き、魔王のことを調べ、アランカバルのことに行き着いた話をしたのです。
「ほぅ。勇者がのぅ」
面のように付けている鳥の頭蓋骨がカタカタと音をだしている天河の魔女。尖ったくちばしも動いてガチガチと音を鳴らしています。
「アランカバルをねぇ?」
霧のような蒸気を纏い出す水月の魔女。
楽しそうに笑っていた魔女二人の機嫌が急降下していきました。怖いですわ。
「それで禁厭のは、我を訪ねてきたということかのぅ?」
「はい」
天河の魔女のその能力は調和です。
世界の調和。国の調和。人の調和。
今回は物と人との調和です。アランカバルについて書かれた書物は封印し、人の記憶も封印する。
これが私が天河の魔女に頼みたかったことでした。




