第65話 それ、魔女ですから!
「黒い水しかないが?」
骨の魔導生物に荷馬車を引っ張られて到着したところは、円状に黒く揺蕩う物体があるところでした。
「水ではなくて中庭への入り口ですね」
水のように波を打っていますが、水ではなく魔女の結界の具現化です。
「入り口? これが?」
「はい。星世の闇です」
「聞いたことがない言葉だな」
私は青い空を指します。
「夜の空の世界という意味ですね」
私は骨の魔導生物に進むように促しました。
「ちなみに生物が生きるための魔素がないのですよ」
「は? ちょっと待て! それを知っていて、何故に進もうとするんだ!」
「結界を張りましたので大丈夫ですよ」
骨の魔導生物はドブンと黒い空間に入っていきました。水の中に潜るように姿が見えなくなっていきます。
それに続くように荷馬車も軋みながら黒い空間に入っていきました。
「それなら、何故俺を脅すようなことを言ったんだ?」
「ああ言えば、帰るかと思いまして……だいたい魔女は普通から逸脱しているので」
黒い空間に入ると、そこは星々が散りばめられた空間が広がっていました。どこまでも、どこまでも広がる漆黒の空間。
「剣を向けるようなことは、しないでくださいね。魔女がどのような姿をしていてもです」
魔女同士でも、相手の姿に引くことがあるのです。人であれば、なおさら相手の姿を見て危機感を抱くことでしょう。
魔女と正反対の聖騎士ですからね。聖剣なんて振るわれたら『天河の魔女』の怒りを買うことになりますからね。
「……なぁ、これってどうなっているんだ?」
「何がですか?」
「これは宙を飛んでいるのか? 車輪から振動がくるから何かの上を走っているのか?」
そうですね。暗闇ですからわかりにくいですよね。
「窅然たる闇を満たす糠星よ。散れ!」
荷馬車の周りに細かい光の粒が絡みつくように飛び散り、辺りを照らしました。
すると、荷馬車の下に光を反射する道があることがわかります。
「この道を通らないと、『天河の魔女』の家にはたどり着かないのです」
「ああ、だからいつものように杖で飛ばずに、荷馬車なのか」
「はい、私は面倒なのでしませんが、訪問者に試練を与える魔女が多いのです。『天河の魔女』の中庭は生きるための魔素がない中、見えない道を進んでいくという試練ですね」
いわゆる、裏口からの訪問者はお断りということですわね。来るなら、己の居場所を探し当てて表から来るようにと。
「それ、無理じゃないのか?」
「あら? 私たちはこうして向かって行っているではないですか」
暗闇に浮かぶ淡く光る星が近づいてきました。あそこが、『天河の魔女』の家の裏口です。
暗闇に浮かぶ島には、一軒の家が建っており、明かりがともっています。そして、その家の前に佇んでいる人ならざる者。
骨の魔導生物は暗闇に浮いている島に入り、人ならざる者の前で立ち止まりました。
「珍しいこともあるものじゃのぅ? 禁厭の魔女が尋ねてくるとは」
カチカチと骨が揺れて、ぶつかる音が聞こえています。
深く三角の帽子を被り、トガッたくちばしのような面をつけているため、その容姿はわからないです。しかし、面白いものでも見たように、くちばしからカチカチという音が出ていました。
「先日ぶりです。天河の魔女。わざわざ出迎えてくださり、ありがとうございます」
「なに。我と禁厭との仲のゆえ」
荷馬車の横に来た天河の魔女は、緑の宝石のような滑らかな手を私に差し出してきます。私はその手を取って、地面に降り立ちました。
「おや? 主に仕えし聖獣使いが、何をぼーっとしておる」
振り返るとクロードさんは、腰に佩いている剣に手をかけようとしていました。が、大きく息を吐いて、何とか押し留めています。
本能が、そして聖獣の本能が目の前の魔女に対して警戒しているのでしょう。それを理性で抑え込んだというところでしょうか?
ええ、先程からクロードさんから低い唸り声が聞こえてきていますから。
「失礼しました」
そう言ってクロードさんは私の隣に立ち、天河の魔女に向かって笑みを浮かべました。
あ……そっちの仕様なのですか。
「私の名は聖騎士ハイヴァザールと申します。魔女殿の名を伺ってもよろしいでしょうか?」
警戒感丸出しの聖騎士仕様ではないですか!
「『天河の魔女』である。まぁ、我の守り人も中におるが故に、入ってくるとよい」
「いいえ。ここでお願いします」
「ほぅ。では、茶ぐらいは出そうかのぅ」
何かを感じ取ったのか天河の魔女は、緑色の手を一振りして、この場にテーブルを出現させました。
「水月にも声をかけたほうが良いかのぅ? 我だけ禁厭とお茶をしては、あとで何を言われるかわからん」
あの? 別に水月の魔女まで呼ばなくてもいいと思うのですが?
「ん? 魔女同士って仲がいいのか?」
「私は先日、天河の魔女に初めてお会いしましたよ」
「いや、今の言葉は古くからの友人ぽい言い方だろう?」
クロードさんがコソコソと聞いてきましたが、それなりに親交があったのは、私の前の禁厭の魔女です。
「魔女にも相性というものがあるからねぇ? 三人で動くことが多かったものだえ?」
突然クロードさんの首元に青い手が絡みつてきたと思えば、そんな言葉が聞こえてきました。
「うぁ!」
「クロードさん! 剣を抜かないでください!」
怪しい水様生物みたいですが、それは水月の魔女ですから!




