第62話 ら…ラブラブではありませんわ
「フォッフォッフォッ。サンドイッチは持って帰って食べるとしようかのぅ」
幻惑の魔女を腕にくっつけたサイさんが、言いました。サイさんが動いてくださるのであれば、必然的に幻惑の魔女も帰ってくれるでしょう。
が……。
「私はここにいるわ……ねぇ、私にお名前を教えていただける? 素敵な御方」
このエリアーナさんは連れて帰ってくれないのでしょうか?
「アバズレ娘。帰るわよ!」
「ぎゃぁぁぁぁ! 青い蝶にたかられる! あっちにいきなさ〜い!」
幻惑の魔女の手から放たれた複数の青い蝶に覆われて徐々に消えていくエリアーナさん。
これは見ている方が怖いですわ。
「これ、どうなっているんだ?」
「幻惑の魔女の転移方法の一つだと思います」
もしかして、私もこんな風に転移させられたのでしょうか?
自分の姿を鏡で見ていたら叫んでいたかもしれません。
青い蝶に止まられたところから、消えていくなんて。
「勘違いしないで欲しいわ。これはアバズレ娘へのお仕置きよ。あなた。私たちも帰るわよ」
サイさんの腕を引っ張って、店から出ていく幻惑の魔女。そして、扉に付けられているベルの音と共に出ていかれました。
シーンと静まる室内。
「とても強烈な方でした」
「だいたい、見るたびにあんな感じだったぞ」
そうですか。いつもあのような感じなのですか。それは幻惑の魔女もあのような態度になってしまうのですね。
『リリ〜ン』
「あ! いらっしゃいませ~」
店の扉につけられた鈴がなりました。
「おっ! 魔女ねーちゃん。旦那とラブラブだな」
はっ! クロードさんに抱えられたままでした!
「こここここれは、違うのです! バルトさん!」
「そうだな。ラブラブだぞ。バルト」
冒険者のバルトさんの来店にあわてて、飛び降ります。それから、ラブラブではないです。恥ずかしいではないですか!
「魔女のねーちゃん。傷薬を五つ頼む。仲が良いっていいことじゃねぇか」
ははははっと笑うバルトさんに、傷薬を用意して渡します。こうして、いつもの魔女の薬屋の朝になったのでした。
「ありがとうございました〜」
夕刻。日が沈み、閉店の時間となりました。
魔女の薬屋は朝から夕刻までの開店となっています。
今日は三日ぶりに朝から夕刻まで店を開けました。何事もないのが一番ですわ。
店の表の扉にかかっているプレートを閉店にするために、扉を開けると丁度クロードさんが戻って来ているところでした。
「シルヴィア。ただいま」
「おかえりなさい」
クロードさんは晩御飯の調達に行っていたのです。ヴァングルフの森にです。
いい笑顔で戻ってきたので、獲物としては十分収穫があったのでしょう。
「中庭に行きたいのだが、開けてもらえるか?」
「はい、いいですよ。私も薬の仕上げをしなければなりませんので」
仕込んでいた『ネプラカリス』が出来上がっていることでしょうから。
店に帰ってきたクロードさんが、カウンターの更に奥。薬戸棚を横にスライドさせて奥に向かっていっています。
……なんだか、クロードさんが戻ってくることが普通になっていますわ。
というか、この三日間が異常だったのです。
私は店の扉に鍵をかけて、店内を明るくともしている魔道灯を落として、中庭に続く壁に向かいます。
「『開門』」
花の甘い香りと共に、太陽の光が消えた壁から入ってきました。
「今日はテュランブルを狩ってきたぞ」
にこやかに言うクロードさんに、私は中庭に降りたところで固まってしまいました。
え? グエンデラ平原に生息している魔牛を狩ってきたのですか?
「グエンデラ平原まで行って、帰ってきたのですか?」
確かに魔牛の肉を気に入っていましたが、まさかグランデラ平原まで一人で半日で往復したのですか?
流石、聖騎士様というところでしょう。
「いや、森で遭遇したぞ。十頭ぐらい群れでいたから、全部狩ってきた」
そう言いながら、地面の上に三メルほどのテュランブルを積み上げていくクロードさん。
私はクロードさんが袋から出していくものを確認すべく、慌てて近づきます。
……黒と緑の斑模様の大きな魔牛です。そして頭には鋭い角が二本生えています。
どこをどう見ても魔牛です。
「姿が見えないってあれだよな。風景と同化するっていう意味だな」
「全身を覆う魔力での同化ですね。クロードさん。これは異常です」
「あ……流石に全部狩るのはやばかったか?」
違います。グランデラ平原にいる魔物が、群れで浅瀬の森にいることがです。
これは報告すべきことです。今から冒険者ギルドの方に……
「ケットシーは元気かのう? 知り合いのケットシー経由でミルクをもらって来てやったのじゃ!」
そしてこのタイミングで現れるエルフ族のシャロンさん。
あの……本当に毎日来られていますよね?
エピソード1に第0話勇者討伐隊を投稿しました。
時間軸は1話の半年後ですが。




