第61話 帰っていただけますか?
「あれは失せ物探しの呪文です」
「え? 失せ物探し?」
はい。あの呪文は迷っていることや、探しているものへの道を指し示してくれる呪文です。ですから、神の審判などという呪文ではありません。
先程から嘆いている神官の女性をみます。
サイさんは幻惑の魔女から、このことを聞いていたのでしょう。
今の彼女にとって一番安全な未来は、己の守ってくれる幻惑の魔女と共にいることです。
もし、転生した勇者が襲ってきたとしても、幻惑の魔女であれば、神官の女性をその幻術で勇者の目から隠してくれることでしょう。
「霊獣白羽による道しるべです」
「一般的に契約を用いずに霊獣の力を使うことを、霊獣使いとか聖獣使いだとか言っているわね」
幻惑の魔女が言った通り、契約せずに霊獣を呼び出す者を霊獣使いと言ったりします。
ですから鎮星の魔女がクロードさんのことを聖獣使いと言ったことに違和感を覚えたのです。聖騎士は聖獣と誓約しているのですから。
そして神官の女性は、よたよたと立ち上がって、キッとこちらを睨んできました。正確には幻惑の魔女をです。
「主が導いてくださったので、私は認めるけど、納得はしていないわよ!」
「これ。これ。娘さんや。神官にとって、神の言葉に納得というものが必要なのかのぅ?」
サイさんが、神官の女性を諭すように言います。
確かに神に仕える立場であれば、神の言葉を疑うことなどもってのほかではないのでしょうか?
その神がどんな神であろうともです。
「必要ないわ。納得を求めることは、神の言葉を疑うことだもの」
「だったら、神官の娘さんがすべきことはなにかのぅ?」
「神のお言葉を人々に、伝えることです」
「フォッフォッフォッ。良い子じゃのぅ」
そう言って、サイさんはシスターの姿をした女性の頭を撫でました。
「私、子供じゃないわよ。ちょっと魔女! それよりもいい男を……」
「あなた! ズルいわ! 私もいい子いい子して欲しいわ! こんなアバズレ娘なんて構う必要なんてないわよ」
幻惑の魔女は、サイさんが神官の女性の頭を撫でていることに、目の色を変えます。そして神官の女性を押しのけて、サイさんの前に立ちました。
「それに……」
「いるじゃない! いい男!」
こちらも、目の色を変えた方がいっらしゃいました。勢いよくこちらに向かってきた神官の女性。
そして、私が座っている椅子におしりでぶつかって来ました。
その衝撃に椅子の片側が浮き上がります。
はっ! 手を出そうにも私の手は、ケットシーの幼生を抱いていました。これは結界で緩和すれば……
「もしかして、あなたがエリアーナと呼んでくれた御方? ごめんなさい。こんなカッコいい男性のお名前をど忘れしちゃう、エリアーナを許してくださる?」
あ、倒れる寸前にクロードさんが抱えてくれました。お陰で、ケットシーを潰さなくてよかったです。
「お名前を教えてくださいますか?」
ん? 聖獣青虎の聖痕を知らないのでしょうか?
聖騎士の中でも赤鳥、黒狼、青虎は有名のはずですわ。
他国にいる私でも耳にするほどで、王都では絵姿も出回っているとかなんとか。その時に聖痕の話が話題になります。
「名乗るほどの者ではありませんよ」
ここで聖騎士仕様ですか!
「そのようなことをおっしゃらないで? 私は、エリアーナ・フェリアットと申します。帝国では神官騎士の地位にいますの。気軽にエリアーナと呼んでくださいね。あなたの名をお伺いしてもよろしいかしら?」
これは自分が名乗ったのだから、名乗りなさいという意味ですわね。
しかし、神官騎士という役職があるのですね。
帝国にはそのような神官はいなかったはずですが、私の知識も早急に更新が必要ですわ。
「サイザエディーロ殿の奥方殿。神官の彼女を引き取っていただきたい」
「そんな、意地悪をおっしゃらないで?」
「奥方! あなた? 聞いたかしら? 奥方なんて……あなたの奥方なんて……」
幻惑の魔女はクロードさんの言葉に、テンションが上ったのか、キャーキャー言っています。
もしかして、今までサイさんの奥方という言い方ではなく、幻惑の魔女個人という見方が多かったのかもしれません。
しかし、それよりも……。
「あの……商品をお買い上げにならないのなら、帰っていただけると……大変助かるのですが……」
盛り上っているところ申し訳ないのですが、先程から店の前まできて、帰っていく方々がいらっしゃるのです。
このエルヴァーターの重鎮の『マリアンヌ様』の声がするので、扉のノブに手をかけたものの、足音をさせないように戻られるのです。
「御用があるのであれば、お昼ぐらいにいらしてください」
今日はサイさんが朝一番に来られたので、いつも来られる冒険者の方々が、入って来られないのです。そして、いつも商品を取りに来られる商業ギルドの方が、逃げるように帰ってしまったのです。
「ちょっと! さっきから貴女はなに? 私の邪魔ばかりして!」
神官の女性に指を指されながら文句を言われてしまいました。
ここ、私のお店なのですけど?




