第59話 アバズレ神官
「これなんとかしてよね!」
目隠しされている布を指しながら言っていますが、あれは取れないのでしょうか?
幻惑の魔女の魔法で、取れない仕様なのでしょうか?
「お黙りなさい! アバズレ神官」
え? アバズレ?
それは名前ではないですよね?
それも今どき『アバズレ』って言います?
「ん? エリアーナ神官じゃないのか?」
「そこにいるのは何方です? あなたのエリアーナがとても困っているのです。お助けください」
さっきと話し方が違うような? それに誰かわからないのに『あなたのエリアーナ』って言う意味がわからないのですけど。
「そうやって、男と見れば媚を売るアバズレ娘に、ディーの姿を見せるわけないでしょう!」
「そんなぁ。私はとても困っているのです。悪い魔女にさらわれて来たのです。助けてください」
そう言って、目隠しの神官の女性が手を前に突き出しながら、よたよたと近づいてきます。
あ、そのまま進むと、まだ並べていない商品が入った木箱に足がぶつかってしまいます。
私が慌てて、木箱をのけようと行くも、間に合わず木箱に躓いてしまいました。
「きゃっ!」
手を伸ばして、床に倒れ込むのをささえます。つっ!この神官の聖気が強いですわ。
流石。勇者の呪いを耐えただけはあるというものです。
「ありがとうございます。お優しい御方……って女じゃない! あんた誰?」
思いっきり横に押しのけられてしまいました。思っていた以上の力強さで、床に倒れ込んでしまいます。
私が、並べるはずだった商品の箱をそこに置いていたのが悪いので、文句はいいません。
ですが、人によって態度が変わるのは如何なものかと思います。
「ちょっと! 魔女! いい加減にしてよね! ここは何処なの? 良い男がいっぱいいるって聞いたから、おとなしくついてきたのよ!」
「誰もそのようなことは言っていないわ。このアバズレ娘」
ここで喧嘩をしないでください。
「シルヴィア。怪我はないか?」
「ないわ」
クロードさんに抱き起こされました。
神官の女性は補助系と思っていたのですが、普通に戦闘系なのですね。
あの力強さに、目に見えるほどの聖気。
よく幻惑の魔女は耐えていると思います。
「手が! 怪我をしているじゃないか!」
「はぁ、聖気に当てられただけです」
油断をしていました。神官の女性を受け止めた時に、聖気で焼けてしまっただけですわ。
「え? 聖気に当てられた? 俺は大丈夫なのか?」
「そこのアバズレが未熟なだけよ。聖気がダダ漏れで、おもらしをしているのよ」
「おもらしって酷い。いつもこうして、悪い魔女にいじめられているのです。助けてください。お優しい御方」
二重人格ですか!
私の周りにいなかったタイプなので、どう対応していいのかわかりませんわ。
「魔女さんや。ケットシーを抱えて座っていなさい」
サイさんが黒い毛玉を赤くなった手の上に乗せてきました。
ケットシーをですか?
ケットシーを持たされた私はクロードさんに椅子に座らされました。
その間にも、神官の女性と幻惑の魔女の雰囲気が悪化しています。
「これ。マリーや。若い子をイジメてはならぬぞ。目隠しを取ってやりなさい」
「ディーがそういうのなら……でも、色目を使うアバズレには教育が必要だわ」
「ありがとうございます。お優しい御方。この悪い魔女から私を守ってください」
誰に言っているのか知らないって、幸せなこともあるのですね。
その『悪い魔女』と言っている人の旦那さんが、サイさんだと知らないってことに。
いつもなら寛容に『フォッフォッフォッ』と笑っているサイさんが、笑っていない時点で私は怖いですわ。
「クロードさん。あの神官の女性はお知り合いですか?」
「あー。知り合いというか、要注意人物として教えられた。帝国の同じ神官にな」
同じ神官から要注意人物と言われるなんて、よっぽどではないですか。
「能力は最高なのだが、人格に難ありとな。だからフルフェイスは取るなと言われていたな」
恐らくとても的確な言葉なのでしょう。
聖と魔の相性が悪いといっても、直にふれて私の手が聖気に焼かれるなんてよっぽどですもの。
あら? 痛みが徐々に収まってきましたわ。
ケットシーに回復能力があるなんて聞いていませんわよ。
「良いかしら? 今から取るけど、私のディーに色目を使ったら、目潰しをするわよ」
「色目なんて使ったことないわ。目潰しなんて怖い。こんな悪い魔女から守ってください。でぃ……痛い痛い痛い! 耳を引っ張らないでよ!」
「ディーと呼んで良いのは私だけよ! 覚えておきなさい! アバズレ娘!」
「いやー! こわーい。私が若いからって若作りのババァに嫉妬されるなんて、怖すぎます」
これは、お二人共そのまま帝国にお帰りを願った方が、いいのかもしれません。
サイさん。これをどうするつもりですか?
連れてくればと言ったサイさんが、収めてくださいよ。




