第58話 いつもの朝は騒がしいです
「フォッフォッフォッ。これは珍しいのぅ」
翌朝、お店を開店させるためのプレートをかけようと、扉を開けました。その扉の前にサイさんが立っていたのです。もしかして、随分待たせてしまったでしょうか。
「朝一番とは、どうかされましたか?」
「なに。ラファウールに会いに行って、どうだったのかと思ってのぅ」
朝一番の客は冒険者の方が多いので、サイさんがいらっしゃるのは珍しいと思っていましたら、魔導師長さんはどうだったのかという確認でした。
知人のようですし、心配していたのでしょう。ええ、幻惑の魔女に対しての嫉妬心が丸出しでしたから。
そして、サイさんは山盛りの肉の朝食を食べているクロードさんがいるテーブルの上を見て笑っていました。
黒い毛玉が、クロードさんが食べてるテーブルの上で毛づくろいをしているのです。
その姿を見たサイさんは、毛玉がなにかわかったようです。
笑いながらクロードさんの向かい側に腰を下ろすサイさん。
「早いのじゃが、いつものを頼めるかのぅ」
お孫さんが働いているパン屋の紙袋を差し出してくるサイさんに頷きます。
「はい」
「あ! シルヴィア。俺も!」
クロードさんは、お肉を食べているのに、まだ食べるようです。
「しかし、ケットシーとは、妖精族でもあまり国から出ぬ種族であるのにのぅ」
「そうなのですか?」
私はいただいたパンをスライスしながら尋ねます。妖精族の知識はあまりないのですよね。
しかし、サイさんはひと目で、この毛玉がケットシーとよくわかりましたわよね。
因みに私は、黒い毛玉が何かと鑑定をして調べたので、ケットシーとわかったのです。そして、隷属の痕跡があったこともです。
「ふむ。わしが会ったことがあるのは、放浪の旅が好きだと言っていた、変わったやつしか会ったことがないしのぅ」
放浪の旅が好きなケットシーというのも初耳です。世界は相変わらず興味深いことに満ちていますわ。
私は話を聞きながら、温めて油を引いたフライパンにベーコンを焼きます。その間に野菜を切ってパンにバターを塗ります。
そして、焼きめがついたベーコンと野菜をパンに挟んで一口サイズに切れば完成です。
「そもそもケットシーは好き勝手に生きるものであるから、隷属するには向かぬのにのぅ」
性格上の問題ですか。
黒い毛玉を撫でているサイさんに、変わり映えしないサンドイッチを差し出し……
「私が警告したことが、理解できなかったのかしらぁ?」
突然の寒気と肩に何かが食い込む圧迫感を背後から感じました。
「おや? マリーではないか。もう少し時間がかかると言っておらなんだか?」
「ディー! 会いたかったわ〜」
ミシミシという肩の圧迫感がなくなり、私の横を通り過ぎる群青色。その色の髪をなびかせて、サイさんに抱きつく幻惑の魔女。
昨日と同じく突然の登場に、ドキドキしてしまいます。
「朝も会ったはずだがのぅ?」
フォッフォッフォッと笑うサイさんの前にサンドイッチを置きます。
それと同じ物をクロードさんに差し出しました。
しかし、朝ということは、ついさっきまで一緒にいたと思われます。ええ、私がケーキという名の朝食を食べた後に、店を開店したのです。一緒にいなかった時間はサイさんの移動時間ぐらいではないのでしょうか?
「あの神官長をシバいてきたから、もう大丈夫よ」
全然大丈夫でなさそうな言葉が、幻惑の魔女から出てきています。
「本当、帝国の魔導師長が突然死したからと、私には全く関係ないことをガタガタ言わないでほしいわ」
その言葉にビクッと肩が揺れてしまいました。
「どこかの魔女のしっぺ返しを食らったのなら、私は手を出さないって、両頬をぶっ叩いて帰ってきたからいいのよ」
「ほぅ。帝国の魔導師長とは相当腕が立つと、マリーが言っておった者ではないのかのぅ?」
「あの……」
「あのラファのバカァよりも、というぐらいの評価よ。魔女の足元に遠くおよばないわ」
凄くバカにしているような感じでいわれています。これはラファウールさんと幻惑の魔女の仲が悪いのか、それとも仲がいいからそのような言い方なのか、迷うところですわね。
「あの……」
「だいたい、勇者召喚を指揮した張本人なんて擁護する理由なんて、これっぽっちもないわ。他の魔女にしてやられてザマァないって感じよ」
「あの!」
さっきから羽虫でも飛んでいるのかという声でしたが、他に人がいたのですか!
思わず背後を振り向くと、白いシスターの服を身にまとった女性が立っていました。
それも何故か目隠しがされています。
なにをしているのですか!




