第57話 黒い毛玉
「連れて帰って来てしまいました」
私とクロードさんは、無事にお昼過ぎにお店兼家まで帰ってきました。
あれから、グエンデラ平原に何かあるとは思えないほど、何事もなく戻ってきました。
「別に良いんじゃないのか? 保護したと言えば問題ないだろう?」
クロードさんは戻る途中でボロレアに遭遇したので、ご機嫌です。はい。昨日お肉屋さんの店主から情報を得ていた原竜種のボロレアです。
硬い鱗に覆われているボロレアを嬉々として一撃で倒した姿をみて、流石と言えばいいのか。クロードさんだから当たり前だと言えばいいのか。
「取り敢えず、解体したいのだが?」
クロードさんはウキウキした感じを隠すこともなく、魔女の中庭に行きたいと言っています。
そのクロードさんの肩には小さな黒い物体が丸まっています。そこから二本の黒い尻尾がゆらゆらと揺れていました。
それだけを見ると黒い毛玉に二本の尻尾が生えているようにしか見えません。
はい。これが連れて帰ってしまったモノです。
私も中庭で作業をしなければならないので、中庭に行くことには反対しません。
「『開門』」
描かれたレリーフの門を起動させ壁が消えた先から、花の甘い香りが奥から漂ってきました。
ただ、目に映る光景は、月明かりが差し込む中庭が薄ぼんやりと光っています。
「え? 夜?」
「はい。夜ですね」
私は夜に侵食された庭に下り立ち、煌々とした光を頭上に掲げます。
これで作業には何も問題はありません。
「待っておったのじゃ」
ここにいるはずのない声が聞こえて、頭がいたいと右手を額に置きます。
「何故、ここにいるのですか?」
「ドレスの生地はどれが良いのかと、相談しにきたのじゃ!」
……好きな生地でいいと思いますわ。
はい、明るく照らされた庭には、金髪のエルフの少女がいました。
「ん? お主! なにを連れておる!」
目ざとく気がついてしまったエルフの少女は、夜の中庭に驚いているクロードさんに詰め寄っていきます。
早速バレてしまいました。
これは色々問題になりそうです。
「そ……それは今日保護したのです!」
私は慌てて言い訳をすると、エルフの少女はクロードさんから黒い毛玉を受け取っているところでした。
「やはり、ケットシーの幼生じゃな? 何故に幼生が人の国にいるのじゃ?」
そうなのです。あの霊樹が追いかけていたのは、妖精族のケットシーだったのです。
見た目が黒い子猫で尻尾が二本あるので成体ではなく、まだ言葉も話せない幼生なのです。
霊樹が追いかけていたのは、宿っている精霊がケットシーの幼生を保護しようとしていたのかもしれません。
精霊と妖精族は仲がいいので、ありえます。
そして妖精族のトップが、目の前のエルフ族になるのです。
ですから、このケットシーの幼生のことで、エルフ族の少女に問い詰められると、私は知らないとしか言い訳ができなくなるのです。
「おや? 何やら隷属の術の跡があるのぅ」
そうですよね。すぐに痕跡ぐらいバレますよね。
普通は、あの魔物が跋扈するグエンデラ平原に妖精族の……それも子供としか言いようがない幼生のケットシーなどいるはずがないのです。
子供のケットシーなど、妖精の国から出ることはありません。
「ふむ。そう言えば父上が行方不明になる者が多発していると言っておったのぅ」
「あの? エルフの御方から、国に帰していただけませんか?」
なるべく穏便にことが済むようにと、頼みます。妖精の国は、まさにエルフ族の少女が住んでいる国なのですから。
「それは無理なのじゃ」
「え?」
「このように魔法の痕跡がある子は、親が受け入れぬ。連れて帰らぬほうが幸せというものじゃ」
どうやら、妖精族には妖精族の掟のようなものがあるようですね。彼らはあまり国から出ないので、私が持つ情報はほんの一握りしかありません。
「父上には我から言っておくのじゃ。だから、我が友が面倒を見てくれるといいと思うのじゃ。魔女は人とは違うからのぅ」
……あの? いつ友達になったのでしょうか?
ここ数日毎日来られていますけど?
しかし友と呼ばれるのは、むず痒いですね。
「私のことはシルヴィアと呼んでください」
「では、我はシャロンじゃ」
今更ながら名を名乗ります。恐らくこの少女はエルフ族の中でも地位が高いのでしょう。正確にはその父親がでしょうが……恥ずかしい日記のご本人がですね。
あ、日記を返しておかないといけません。
「あの……」
「シルヴィア。お腹が空いたんじゃ。何か食べるものはないかのぅ? 朝から何も食べておらぬのじゃ」
……まさか朝からここで待っていたのですか!
「クロードさん。解体の方は?」
「血抜きが終わったから、今から鱗を剥ぐところだ」
「これは原竜種とは珍しいのぅ! 解体は得意なゆえ、手伝ってやるぞ」
シャロンは私の手に黒い毛玉を渡して、クロードさんの方に去っていきました。
あの? 本当に私が預かっていいのですか?
「うきゅ?」
まだ話すことができない黒い毛玉は、二つの月のような瞳を私に向けて一言鳴いたのでした。
こうして昼からは、採取したモノの処理をして一日が終わり、中庭の夜が明けたぐらいにシャロンは竜に乗って帰って行ったのでした。
そう言えば、ドレスの生地がどうとか言っていましたが、よかったのでしょうか?
それにまたしても、恥ずかしい日記を返し忘れてしまいました。




