第56話 何を追いかけているのでしょう?
「これは気配まで分からなくするのか?」
周りから姿を見えなくする魔法を掛けて、平原を進んで行っています。
流石に身を隠す事ができない場所で、光魔法を使わずに進むと、魔物が次々とやって来るだろうと馬鹿でもわかります。
無駄な戦闘は避けるべきですよね。
「光魔法なので、魔法を掛ければ気配の薄れるように術式を組んでいます」
完全に気配を断つことはできませんので、気配に敏感なモノや視覚に頼らないモノには、効果がありません。
「んー? 光魔法だからっていう感覚が分からない」
「闇魔法の方が良かったですか? それよりも、聖獣が私の知識と違うのですが?」
「どの辺りがだ? 聖獣は聖獣だろう?」
人の背ほどの高さまで伸びた草原の中を鈍器に乗って飛ぶ私。その私に並走するように走るクロードさん。
移動していっている怪しい木を追いかけているのです。そうとは思えないほどの緊張感のない内容の話。
しかし、気になるではありませんか。
聖獣は人に憑依できるものだったのかと。
「聖獣の持つ力を奮うことができるのが聖騎士ですよね」
「そうだな」
あ、また霊樹が進む方向が変わりました。これは何か獲物を追いかけているのでしょうか?
「その聖獣が人に憑依できるなんて、知らないです」
「あー。シエラだな」
「シエラ?」
シエラという言葉に当てはまる意味はないように思います。強いていうのであれば、アンラヴェラータ魔導王国語の降臨ですか。
「しかしアンラヴェラータ魔導王国で降臨といえば、崇める神の降臨を指して『カラエス シエラ』と言っていたはず……あ、また方向が変わりました」
「なんだか。回っていないか?」
クロードさんがいうように円状に移動しているように思えます。ただ、範囲が広いので、感覚的に円状に回っているのではないのかという予想ですね。
「上空から見ればいいのですが、上空はできたら避けたいです」
「いや、先回りをする」
そう言ってクロードさんは、更に方向を変えて進みます。
そして私は空を見上げました。太陽が昇りきった青い空には、白くキラキラしたものが空中に漂っているのがみえました。
その下を亜竜種や、虫の大群や、巨大鳥が上空から獲物を探すように飛び回っています。
獲物を探している魔物は特に問題はありません。問題があるのは更に上空にある白いキラキラした浮遊物です。
あれは魔力食いの木が放出した魔力に干渉する花粉。
魔物も人にも、もちろん魔女にも影響を与えます。
満月の夜に白い幹から咲く白い花。その花から飛散する花粉。
それが上空にまで飛び、とどまってしまうのです。
魔力食いの木が一般的に用いられることがなかった理由がコレです。
あれのお陰で、空を飛ぶ魔物が人が住む町に来ないのです。が! 魔女も知らずにその上空にさしかかると、影響を受けて地上に真っ逆さまになる危険地帯なのです。
はい。来たばかりのころ、知らずにやらかしてしまったのでした。グエンデラ平原に落ちてしまって、魔物に追いかけられながら逃げ惑うことになったのです。
あの時は大変でした。何度もいうように、私は戦う魔女ではないのですから。
「シルヴィア。接触できそうだ」
クロードさんのお陰で、何かを追いかけているらしい霊樹と接触できる範囲まできました。
流石にグエンデラ平原で派手な動きをすると、以前の二の舞になって、多くの魔物から追いかけられることになるでしょう。
「いきます」
私は、霊樹に向けて手を掲げます。
「遠き冬の名残。北颪に舞い踊る銀華。芽吹きの春を遠ざけよ『寒木への誘い』」
冷気が吹き荒れ、季節外れの白い雪が、霊樹の茶色い幹を覆っていきます。そして徐々に動きを止めていく、霊樹。
「本当にあの霊樹の動きを止めた」
そもそも、元々は樹木であり、それに精霊が取り付いただけのこと。ですから、禁厭の魔女である私にとって、大した問題ではありません。
凍りついたように動きを止めた霊樹に向かって飛んでいき、緑の葉に覆われた枝から青い実を採取します。
「それって美味いのか?」
下から聞こえた声に笑みを浮かべました。
「死ぬほど不味いです」
「それって笑顔で言うことか?」
「興味があるなら食べてみます? のたうち回るほどのエグミと、舌の痺れと喉が焼けるような痛みに襲われますよ」
「そうか……食べたのか」
私の知識には霊樹の実の味は無かったので、どんなに甘いのかと思って食べたら、この世の終わりかと思うほどの味でした。あれは二度とゴメンですわ。
「うきゅ?」
ん? 何かへんな声が聞こえました。
「クロードさん。何か言いました?」
「たぶん、それはこれだろう?」
草に覆われた地面から何かを拾い上げるクロードさん。その腕の中には……どうして、コレがこんなところに生息しているのですか?




