第55話 枯れた木の下で
私達はそのまま滝の上まで登ってきました。滝の上は崖とその先を隔てるように、白い幹の木々が立ち並んでいます。
枯れているように葉がない幹と枝だけの木が、まるで植樹されたように綺麗に並んでいるのです。
「完全に日が暮れてしまいましたが、ここまで無事にこれて良かったですね」
「さっきのは不覚。霊樹の気配は掴みにくい」
グランディーア兄妹は野営の準備に取り掛かっています。
「この奇妙な木はなんだ? 誰かが植えたのか?」
クロードさんは、先程取った巨大な魔魚をさばきながら聞いてきました。
「魔力食いの木ですね」
「デレニエル草とは違うのか?」
デレニエル草は、魔導師長さんが用いていたものです。魔力不全の対処療法としてデレニエル草が一般的ですね。
それは栽培が可能で、比較的に入手しやすいことがあげられます。
「これは古来種を改良したものですね」
「ん?」
私は手を伸ばして、白い枝をパキリと折ります。まるで植物ではなく、鉱石かと思われる硬さと質感です。
しかし、折れた断面をみると細かな穴が空いていますので、鉱石とは違うことがわかります。
「ギルエンダーは、元々ファエラ大陸にあった樹木でしたが、その一帯には魔物が存在せず、人も近づけないので『命食らいの森』と呼ばれていたのです。それを禁厭の魔女が改良し、魔物のみの魔力を奪い取る魔樹になったのです。それはいろんな用途に使われ、人と魔物を棲み分けることにも用いられました。ここもその意図があって植えられたのでしょう。しかし……はっ!」
話しすぎてしまいました。私はちらりと周りを見渡しますと、呆然とこちらを見ている6つの目があります。
「す……すみません。必要のないことまで話してしまいました。誰が植えたのかは不明ですが、ここから先は魔物の世界ということにはかわりません」
「シルヴィア。可愛いな」
「え?」
どこに、そんな言葉が出てくる要素があるのですか?
「好きなことの話をしているシルヴィアが可愛らしいということだ。しかし、その話だと、普通はこの先の平原から魔物は出てこれないということになるのだが?」
か……可愛らしいですか!
こういう話をすると白い目で見られていましたのに……。
ええ、兄とか元夫とかにです。
「その話は初めて聞きましたね。冒険者ギルドでは、この木は結界の意味を成しているとしか教えられませんでした」
「この結界も完璧じゃない。ところどころ綻びがある。ここはそこの川から下に落ちて、森に侵入してくる」
レイラさんの言う通り、木が朽ちて魔物が通れるようになっている場所があります。しかし、そこは定期的に人の目が入っています。ここは川の下は深い谷なので、侵入されれば、一気に町の近くまで侵入されることになります。
「それで、続きはなんだ?」
「え?」
「この白い木の話だ。そこの二人も聞きたそうだぞ」
は……話していいのですか? 話し過ぎて引きませんか?
「興味がありますね。元々は別の用途があったふうですから」
「興味津々」
……嬉しいです。
「そうですね。元々は……」
こうして、深淵の森『ヴァングルフ』で過ごす夜が更けていったのでした。
朝日が横から降り注いできました。この場所から深淵の森『ヴァングルフ』の人の手が入っている最後の領域であるグエンデラ平原が一望できます。
「広いな。平原の先にはまた森が広がっているのか」
正面からの朝日に照らされて、朝と夜が混じった平原の全貌が見えてきました。緑の草が茂り、大きな湖が中央に見え、岩山がそそり立ち、更に奥には森が広がっています。
が! その平原には、離れた位置からでも目視できるほどの巨大生物や、群れで移動しているモノ、空を飛ぶモノも見えます。
「あ! いました!」
私は移動していっている怪しい木を指します。昨日倒したモノは黒いモヤに覆われて見えませんでしたが、赤い樹の実がなっているようです。
「私は霊樹の樹の実を採取しますので、ここで解散しましょう」
お二人はこのグエンデラ平原の調査の依頼を受けているのです。私の採取にまで付き合う必要はありません。
「そうですね。我々は先に岩山の調査から始めますから」
カイトさんが指した方向にはそそり立った岩山が存在しています。
最初に遭遇したバジリスクが住処としている場所ですね。
そこから戻りながら、調査を進めていくのでしょう。
あ、これは言っておかないといけません。
私は空間から茶色い陶器の破片を結界に包んだまま取り出しました。
「カイトさん。レイラさん。もし、このような物を見かけたら絶対に触らないでください」
「なんですか? この禍々しい気配を放つものは?」
「危険な香りがプンプン」
カイトさんもレイラさんも嫌そうに顔をしかめています。
「魂食いを作り出すものです。最終的には魂を食らうものに成ると思われます。その大元があるはずですが、見つけても手はださないでください」
「了解した。魔女の店主殿も気をつけるように」
「じゃあね。また、店に顔を出す」
「あ、聖騎士殿はどちらでもいいです」
そう言ってグランディーア兄妹は駆けていき、太陽の光に溶けるように姿が見えなくなってしまいました。
「へー。面白い術を使うんだな」
クロードさんは二人の後ろ姿を見て、面白いと言わんばかりに笑みを浮かべていました。
あれは、光の屈折で姿を見えなくしているだけですよ。私も今から使いますけどね。




