第54話 精霊が宿る樹木に死はない
「光陰の間。盈盈たる水に満たされし狭間。全てを焼き尽くす紅焔よ。我の視界を遮るものを消滅させよ『光炎万丈』!」
空中で構える杖からほとばしる爆炎。
堰き止めた川の水を蒸発させていきます。
ですが、川だった深い谷いっぱいに広がる黒いモヤ。そして次々と幾重にも私に向って伸ばされていく触手。
「余計になにかわからないですわ! この物体X!」
流石にこの触手の多さは、さばききれません。元々私は、戦闘系の魔女じゃないのですから!
しかし、グランディーア兄妹を上に避難させる前に、こちらの物体Xの対処をしてしまったのです。そのために、ツタが谷の間にクモの巣のように広がった状態で術が止まっていました。
私がこの場を動けば、お二人が……
「シルヴィア。このツタをまだ出せるか?」
「あら?」
一瞬にして私は空中から、グランディーア兄妹がいるツタの上に移動させられていました。
そして伸びてきていた触手は途中で深い谷の底に落ちていっています。
「先程は油断しました。魔女の店主殿。助かりましたよ」
「まさか、川の中に霊樹がいるなんて思わなかった」
絡まったツタを取りながら起き上がってくるグランディーア兄妹。意識が戻って良かったですわ。
って、霊樹ですって!
「その樹の実が欲しかったのに、呪われた物体になっているなんて! 最悪ですわ!」
霊樹は樹木に精霊が宿ることで、力を持つ霊樹になるのです。グエンデラ平原では散歩をしている霊樹を見かけることがありますが、こちらから手を出さなければ、何も問題ありません。
しかし、一度でも手を出してしまえば、宿った精霊の怒りを買い、木の枝で攻撃され締め上げられるのです。
精霊が宿る樹木などあまり存在しませんのに!
私は種を取り出して辺りにばらまくように投げます。
「緑のツタよ。絡み合い足場となれ」
発芽した芽が伸びていき、互いに手を取り合うように絡み合って深い谷の間に伸びて行きます。
そして耳に響き渡る轟音。
「術が解けましたわ。下に落ちれば、激流にのまれることになるので、気を付けてください」
滝から流れ落ちる水が勢いよく谷を満たしていき、激流に変わっていきます。不安定な足場の下には、落ちれば助からないだろうと実感できる水のうねりが存在していました。
そして正面には、谷幅めいいっぱい存在する物体X。
「問題ない」
そう言ってツタの上を軽々と駆けていくクロードさん。その後姿を見て、思わず目をこすってしまいました。幻覚ですか?
「レイラ。我々も行きますよ」
「了解。兄さん」
グランディーア兄妹も物体Xに向かって駆けていきます。しかし、霊樹とは面倒ですわね。
精霊には生き物の死は存在せず、消滅と再生を繰り返しているので、この戦いに決着はつきません。
いいえ、こちらの敗北という決着はつきます。
精霊の対処法ですか。
なにかあったと思うのですが、頭の引き出しから引っ張りださないといけませんわね。
「我らに道を示せ! 銀波!」
レイラさんの魔法で波の道が出現し、その上を滑るようにいくカイトさん。そして何故か白いしましまの尻尾が見えるクロードさんと剣を振るって物体Xに攻撃をしていっています。
そう言えば、私が大地の裂け目に飛び込む前に、飛べるようにしたほうがいいかと言っていましたが、アレのことでしょうか?
聖騎士は謎すぎますわ。
ん? でも似たようなものですわね。霊獣が憑依した人。
そして人と海の精霊の子供のグランディーア兄妹。
『Gyaaaaaaaaa!』
攻撃が効いていますわ!
はっ! 精霊が使う魔法。精霊術です。
『照る日は落ち
終夜となる
それは木々が眠る
冬日の如き静けさ
春光が差すまで眠れ“限りの旅への誘い”』
私の人が使う言葉ではない呪文にレイラさんが反応し、こちらを見てきました。
「兄さん! 聖騎士! 魔女さんがえげつない魔法を使った! 逃げて!」
え? そこまで酷い魔法は使っていませんわよ。
そして冬の冷気をまとった青い光が、黒いモヤを覆っていきます。
「何を使ったのですか!」
「なぁ、もうちょっとで、川に叩き落とせたと思うんだが?」
お二人とも戻ってきました。どうやら、霊樹なので倒せないと判断したお二人は、この激流に叩き落とそうとしたようです。
しかしそれでは、根本的な解決にはなっていません。
「精霊魔法の死への誘い。私では、そこまでの複雑な精霊魔法は使えない」
「魔女の店主。流石に精霊魔法は強すぎるのでは?」
「おい、動きが止まって崩れていっているぞ。霊樹って倒せるのか?」
「そんなこと聞いたことはありませんが。そもそも精霊に死はありません」
「だよな」
何故か三人からジト目で見られています。ですが、精霊には精霊魔法が効くと私の知識にはありますよ?
そして、激流にボロボロと落ちていく黒いモヤ。その中に混じる茶色い破片。
「あ! 落ちていってしまいます!」
慌てて鈍器に乗って陶器の破片を回収しました。これで、ここは大丈夫でしょう。




