第53話 水に潜むモノ
「水中から『オーガ』とは奇妙ですね」
「兄さん。あれはブラックオーガ」
そう言いながら、水底にダイブしていくグランディーア兄妹。
確かに水属性が弱点のオーガが川底にいるのは疑問ではありますが。
「それは魂食いに侵食されている個体です! 気を付けてください!」
私が落下している二人に声を掛けている横を通り過ぎる、クロードさん。
慌てて空を見上げます。
私が川を堰き止めているのは夜の帷が降りきるまでの数分。
水属性であるお二人には川の激流など問題にならないでしょうが、クロードさんにはきついと思います。
「クロードさん。あと数分で堰き止めた水は元に戻ります。引き上げますので私の手を取ってください」
「数分あれば、問題ない」
落ちていくクロードさんに手を差し伸べるも、断られてしまいました。しかし、ブラックオーガはその表皮が鋼鉄のように硬いと言われています。
しかし、素材がなにも取れないので、私は全く興味はないですわね。
強いているなら、あの角ですか。しかし、呪われた物体にも興味はありません。
「レイラ」
「はい! 水氷の鎖!」
堰き止められた川の水から幾重にも飛び出てくる鎖が、物体Xに絡まると、氷結していき相手の動きを止めていきます。
そこに剣を突き刺すカイトさん。
私の目から見ると、攻撃が当たっているのか全くわかりません。
そして、そこに参戦するクロードさん。
ブラックオーガの状況がわかりませんが、戦力過剰と言っていいと思います。
私が手を出すまではないでしょう。
ですが、水の中を移動して来ているというのは、些か問題かもしれませんね。私は再び上を見上げます。
まだ少し時間はありますが、あのオーガ一体と決めつけるのは、時期尚早。
「案外楽勝だったな」
「流石、聖騎士殿ですね」
「戦力過剰。私は必要なかった」
戦闘は終わったようで、黒い皮膚をまとった巨体が地面に倒れているのが見えます。
「おい、背中を刺しておけ、なにかでてくるぞ」
「おや? 本当ですね」
二段階方式の呪いの根源も、出てくる前に対処しています。
この程度でしたら、グランディーア兄妹とクロードさんの敵ではなかったということです。
私は水底であった地面まで行き、例の陶器の欠片を回収しておきます。
「さぁ、もう時間が迫っているので、上に戻りましょう」
殆ど夜の暗闇に支配された空を見上げます。魔法がそろそろ切れそうです。
「それでは私達は川から上に登りますよ」
そう言って、川の断面に身体をめり込ませるカイトさん。
「こっちの方が早いから」
そのカイトさんに続くレイラさん。確かにお二人にとってはそちらの方が都合が良いでしょうね。
「海の精霊の血が入っているとは本当みたいだな」
縦に伸びた水面から、二人が上に向って行っているのが垣間見えます。
「そうですわね。クロードさんは私の鈍器に掴まりますか? それなら上に引き上げられますよ?」
「いや、俺は駆け上っていくから大丈夫だ。シルヴィアは先に上に戻ってくれ」
そう言うのであれば、私はこのまま上に飛んで行きましょう。
しかし、思っていた以上に予定通りです。このあと滝の上に登れば、夜は安全地帯で休めそうです。
私がそう安堵した瞬間。気を緩ませてしまった瞬間。横から突如として、水が吹き出してきました。
その水に混じって飛び出てくるグランディーア兄妹。
「え?」
縦に伸びる水面を見ますが、暗くて何がいるのかわかりません。
それよりも……
「緑のツタよ。二人を包んで地上に運んで……」
手の平の上にある種を空中に飛ばして、発芽させ急速に成長させます。二人に緑のツタが絡んだところで、ふと気になりました。
私はこの場に、影ができないように光で満たしたはず。だから、縦に伸びた水面近くを泳ぐ二人の姿も確認できました。ですが、今は真っ暗で何も見えません。
もう一度、二人が飛ばされた川の方を見ます。
暗闇が支配する水面が見えるのみ。ですが、その水面がうごめきました。
水面と同時に向かってくる黒い触手。私は、鈍器から降りて、手に取り触手に向って振り下ろします。
思っていた以上に硬い感覚と接触した瞬間に火種からほとばしる爆炎。それに驚いたのか触手は水面に引っ込んでしまいました。
鈍器の枝に引っ掛けたランタンの火が効いたということは、攻撃してきたものは火に弱いことが示されました。
ですが、姿がさっぱりわかりません。
そもそも黒い範囲が広すぎるのです。
空中に立つ私は辺りを警戒します。
水中で無敵と言っていいグランディーア兄妹が吹き飛ばされるというのは、よほどのことです。
いったい何が水の中にいるのですか!




