第52話 釣りの道具の使い方がが違いますわ
「吹き下ろす風は水を断ち、跳ね上がる水は刻を止めたかのように凍りつく。それは暮色蒼然と空を染め上げる時間を共有する」
川の水を堰き止め、ものすごいスピードでせり上がってくる水。しかし、凍りついたようにピタリと止まった。
「我、禁厭のシルヴィアが施行する。闇を照らす星屑は天にあり。天を流れるは天の川。刻を止めし川は天を共有する『デトワールロズアロー』」
全ての呪文が完了し、大きく息を吐き出しました。なかなかの大技です。
時に干渉するなど、普通はできません。
ただそれを完全に闇が支配する時間までと限定することで、魔力の消費を抑えました。
この先何が起こるかわかりませんから、無駄に魔力を消費するわけにはいきません。
「すごっ!川が割れた!」
「思っていた以上に深いですね」
「シルヴィア。本当に大丈夫なのか? 俺も空を飛べるようにしたほうがいいのか?」
クロードさん。別についてこなくても大丈夫です。
そんなクロードさんに、木の棒の先に糸がついたものを渡します。
「クロードさんは、そこの溜まった川の水で夕食の魚でも釣っておいてください」
「おう」
「え? まだ食べるの?」
「先程のが夕食だったのではないのですか?」
鳥肉を糸の先にある、人の腕ほどの太さの釣り針に刺しているクロードさんと、まだ食べるのかと戸惑っているグランディーア兄妹を放置して、私は鈍器に座ったまま川底に降りて行きました。
ここに来た目的は二つ。
一つはこの川を伝ってグエンデラ平原の魔物が降りてきていないのかということです。
途中から川沿いを通ってきましたが、浅瀬の場所には、変わったことはなさそうでした。
ただこの深い場所になると直接この場に立たなければわかりません。
そう水面から水底まで川が削って出来たために、今住んでいる家が縦に三つは入るであろう深さがあるのです。
これは上から覗いてもわかりません。
この場合は、私自身が餌になればいいこと。
そのために、この辺りの大地の裂け目に影が出来ないほどの光源で満たしたのです。
きっとせり上がった水面からは私が影のように映っていることでしょう。
さて、時間に限りがありますから、二つ目の目的のものを採取しておきましょう。
二つ目の目的は光る水草ですね。岩や崖のような壁に生えているのです。必要なのはその根。
このような激流にも負けず根をはる生命力の強さを持つ『レアアステル』が欲しいのです。
「あ! ありました」
周りが光っているのでわかりにくいですが、淡く青く発行する水草が、壁になっている岩肌に張り付いています。
手のひらほどの長さに伸びている数十本の水草を掴みます。
これで一株です。
「えい!」
掛け声と共に、座っている鈍器を後ろに下げて行きます。ミシッという音と共に、視界いっぱいの岩肌にひび割れが入りました。
そしてそのまま勢いよく水草を引っこ抜くと、まるで岩肌の表面が剥がれおちるように水草についてきます。
はい。これが『レアアステル』の根です。
植物としては尋常でない大きさの根です。
因みに、禁厭の魔女の特性として、簡単に素材採取ができていますが、普通では光っている水草の部分だけ取れて、根の部分の採取は硬くて難しいですわね。
そして、岩肌から巨大な根を引き剥がしたために、巨大な影が水面に映り込むことになりました。
縦に伸びた水面から出てきたのは、ギザギザの歯をむき出しにして飛び出てきた魔魚。
その大きさは人など丸呑みにできる大きな口が迫ってくるので、全貌が見えません。
ただ残念なことに、私がいる場所には水はないのです。水がないところでは自由がきかない魔魚など、重力によりただ岩が突き出た地面に落ちていくのみ。
私は木の根を空間にしまい、私に触れることも出来ずに、並んだ歯をガチガチと言わせながら落ちていく魔魚。
川の時間は止めましたが、生物の時間はとめていません。ですから、餌である私がいると認識した川に生息する魔魚が、次々と縦になった水面から飛び出てくるのです。
「クロードさん。どれほど食べますか?」
鈍器に腰を下ろしたまま、向かってくる魔魚を下から上に跳ね飛ばします。
鈍器によって打ち上げられた魔魚は、糸の先についた釣り針に引っ掛けられ、横移動して消えていっていました。
あの、それは普通に魔魚を釣るための道具であって、魔魚を引っ掛ける道具ではないですよ。
「保存がきくならたくさん欲しい」
干物にするのですか? クロードさんがするなら、別にいくらでも打ち上げましょう。
そしてちょうど、最初に落ちていった魔魚が川底に叩きつけられた時に、異変が起こりました。
川の時間を止め、まだ時間があるにも関わらず、川の水が突如として爆散したのです。
「シルヴィア! 何があった!」
やはり何かが潜んでいましたか。もともと川に生息しているものなら、そのまま撤退でいいでしょう。
川の水が雨のように降り注ぐ中、私は水底を注視します。地面でのたうち回る魔魚に食らいつくモノ。それは……
「なにか、わかりませんわ!」
そう、黒いモヤに取り込まれている魔魚。
物体Xが水底の地面を這っていたのでした。




