第5話 新たな契約痕
「はっ! 痛み止めが足りていない!」
作り忘れていたことを思い出して目が覚めました。が、誰ですか?
目の前には、銀髪の偉丈夫がいます。赤目でガン見されても困りますわって、この状況は何!
何故に偉丈夫に横抱きに抱えられているのですか!
ん? 左頬に聖獣青虎の聖痕?
「あ? もしかしてクロード・ハイヴァザール?」
確かにこの聖痕を見れば、ひと目で聖騎士クロード・ハイヴァザールだとわかるわね。
詳しい姿は伝わっていなくても聖獣青虎の青い聖痕は有名ですから。
「夫のクロードだ」
何故か訂正されてしまいました。
「それで、この状況はなに?」
身を起こそうとしても、がっしりと掴まれているので身動きがとれません。
「倒れた妻を床に寝かすわけにはいかないだろう? ここには別の部屋につながる扉も見当たらないし」
「扉は目に見えないようにしているだけよ。もう、大丈夫だし、呪いは引き受けたから、好きなところに行っていいわよ。月に一度は会ってもらうけど」
私はもう店から出ていっていいと、追い払うように手を振った。
すると、その手を掴まれる。なに?
「聞いていなかったぞ」
「何が? 重要なことは一通り説明したわよ」
「魔女にも呪いが効くだなんて」
「別に呪われてはいないわよ。どんな呪いか判断して、それにあった対処をしているだけ。今回は力が大きすぎたから、虚空に封じたのよ」
「そうじゃない! 俺は痛みや苦しみを与えたかったわけじゃない。あんな……」
ああ、私が呪いを受け入れたときの話ね。それは必要なことよ。何もわからない呪いには対処できないもの。
「大したことではないわ。もう、貴方は苦痛なくどこにでも行けるのだから、好きにすればいいのよ」
「だったら、ここにいる」
「は?」
「俺の妻は魔女のシルヴィアだ」
そう言って私の左頬を撫ぜています。なに?
「所詮、契約なだけで、別に……」
「まずは、魔女殿を俺に惚れさせればいいのだろう?」
「え?……いや。それは必要ないかと……」
「それに青炎竜の痕なんて、お揃いでいいじゃないか」
「は?」
意味がわからず首を捻っていますと、目の前に氷鏡が現れました。
あら? 流石聖騎士だけあって魔法も得意なのですわね。
表面が綺麗に整った氷鏡に映った私の顔には左半分を覆うような青い紋様が現れていました。
それも青い炎を模したような紋様です。
お揃い……そう言ったクロード・ハイヴァザールを見ます。左頬に青い紋様が……こここここ……これは、これで、恥ずかし過ぎるわ!
「あと前の夫とかいうヤツの契約も強制解除されたみたいだしな」
指摘されて右頬を見てみると、ピンク色のアザはきれいさっぱりと無くなっていました。
試したことはなかったのですが、契約の重複はできないということなのですね。
これは強制解除と共に、ロイドに全ての呪いが返ったことでしょう。
「ということで、まずはクロードと呼んでもらうことから始めようか。シルヴィア」
「取り敢えず、下ろしてもらえませんか?」
……これは名前を呼ばない限り、解放してもらえない感じなのでしょうか?
「クロード」
これが、聖騎士クロードの出会いだったのでした。
*
「これを受け取ってくれ」
目の前に差し出されたのは手のひら大の大きさの革袋でした。
「何ですか? これは?」
何やら金属のようなカチャカチャという音が聞こえて来ます。
「金だ。生活に必要だろう?」
確かにお金は必要ですが……私は視線を上げて、赤い瞳をジトメで見返します。
「これまさか中身が全部金貨とか言いませんわよね?」
「金貨だが?」
……これは下町でお金を使ったことがないですわね。いいえ。全て金貨で支払ってお釣りはいらないと言っていた感じですね。
「いいですか? ここでは一食銅貨5枚が普通です。誰がこの辺りで金貨で買い物なんてするのですか」
「使えなかったのか?」
「使えないのではなく、店側がお釣りが用意できないのです。金貨3枚で一年を余裕で過ごせるのですよ? この袋の大きさからいけば100枚はありそうですよね?」
「空間拡張機能がついているから1000枚入っている」
金貨1000枚。その言葉に目眩がします。
クロード・ハイヴァザール。その名は聖王国以外にも名が知れ渡るほどの剣士であり、聖騎士です。
そしてハイヴァザール公爵家は代々聖騎士を輩出してきた家系です。これはどうみても貴族的な金銭感覚。
はぁ……貴族の一般常識と庶民の一般常識の違いは、とても大きいものです。嫌な予感はしていたのです。
そう、あの時から……
ちょっと荷物を取ってくると言ったクロードが外に出ていきました。見送る風を装って、扉の近くまで来て、出ていったところで、扉を閉め鍵をカチャリと回します。
元物体Xを家の外に追い出して、大きくため息を吐き出しました。
今日はお店は休業です
なんだか凄く疲れました。
私は踵を返し、カウンターの奥に行きます。そしていろんな薬が並んでいる薬品棚に手をかざすと、棚が音も立てずにすっと横にスライドしていきました。
この家は元々普通の家で、店舗にしているところは広いひと間のリビングでした。壁際に小さなキッチンがついており、薬屋の店舗ではありますが、料理もできるようになっています。
その奥には水回りと2階に続く階段に行くための扉があったのですが、魔女と言えども女の一人暮らし。プライベート空間へは簡単にいけないようにしました。
私の魔力に反応して移動する棚の設置。それを扉代わりにしたのです。
そしてフラフラと二階に行く階段を上がって行き、三つある扉の内の一つの部屋に入っていきます。
ベッドとクローゼットしかない部屋。
殺風景な何もない部屋です。その部屋のベッドの上に倒れ込むようにダイブしました。
「聖騎士の主従の契約ってあり得ないでしょう!」
枕越しに叫びます。
聖騎士が魔女に仕えるってなに?
騎士を護衛として雇った魔女の話はありますが、主従関係はありません。
魔女は魔法に長けているので、大抵のことには困りません。しかし時々物理攻撃しか効かない魔物がいますので、どうしてもその魔物の素材が欲しいとなれば、騎士を雇うこともあるかもしれません。
なのに主従の契約……。
「聖騎士は普通の騎士じゃないところが厄介なのよね」
剣術が得意なのは当たり前だけど、魔法も使いこなすのです。そしてあの聖痕。
聖獣青虎の青い聖痕。
虎の模様のような紋様が特徴的で、聖獣との契約の証でもあるのです。
主に仕えることでその爪を隠す虎。
主が仕える者が悪となれば、死の審判を下す神の使い。魔女にとっては相性が悪い存在になります。
何故なら、魔女は魔女の理の中で生きており、それが悪であろうが、魔女として必要ならば行動を起こす。
それが魔女。
「はぁ、聖獣を鎮める鈴があるのだけど、こんなところでは手に入らないわよね。はぁ……このままどこかに行ってくれないかしら?」
ただ、その悪の基準が主である聖騎士に準じるという曖昧さ。まぁ、聖王もその聖獣の死の審判を恐れて、契約の解除に至ったのでしょう。
聖騎士ハイヴァザールが納得しようがしまいが、国に仕えるのであれば、王の命は絶対。
しかし、私はまだ年若い魔女であり、聖騎士の契約を書き換える資格はない。魔女には魔女の掟がある。それを破ると、他の魔女から制裁されるのです。
はぁ……もうため息しかでません。
そしてウトウトとしていますと、外の扉をノックする音が聞こえてきました。が、無視です。
今日は臨時休業ですよ。
「シルヴィア。開けてくれないか?」
「ちっ!」
もう、戻ってきたようです。はぁ、何故私は禁城の魔女ではないのでしょう。
彼女であれば、鉄壁の結界を張って何者にも侵略されない空間を作り出せますのに。
たぶん。私の結界ではあの聖騎士では打ち破ってしまうでしょう。
「あ……取っ手が壊れた」
外からの言葉に、思わず起き上がって窓を開けて顔を出します。
「人の家の扉を壊さないでください!」
「いや、取っ手が脆かっただけだろう?」
上を見上げてきて言い訳をするクロード。確かに古い建物ですが、今まで普通に使えていたのです。直ぐにガタがくるような扉ではありませんでしたわ。
「すぐに直す。『衛者の楼閣をあ……』」
「その呪文ストップ! それは駄目! 私が直す!」
聞こえてきた呪文に私は待ったをかけて、慌てて下に下りて行きます。
あんな呪文を使うなんて、貴族の家じゃないのだから止めてほしいわ!
一階に下りて行って、取れたドアノブを持っている偉丈夫を見上げます。
「部外者が入れない呪文を使わないでもらえる? ここはお店なのだから!」
先程の呪文は一部の魔法使いしか使えない、守り扉の呪文です。
これは貴族の屋敷などに使われる部外者に入ってほしくない場所に施行する魔法になります。
そして壊れても修復機能つきという侵入者泣かせの魔法でもあるのです。
「いや、普通は使うだろう?」
「一般庶民は使いません!」
「むっ……使わないのか?」
「というか、そんな呪文は普通は使えないのです。取り敢えず私が直します」
私は『修復』の魔法を使って、扉を元通りに戻しました。そして再び、偉丈夫に視線を向けます。
騎士というより、歴戦の冒険者という姿ですが、腰に佩いている剣が白く異様に煌めいていて、違和感がありすぎます。先程まで剣など持っていませんでした。
それも、頑張って稼いだお金で、いい剣を買ってしまったぜという感じぐらい剣が浮いています。
おそらく聖騎士の力に耐えきれる剣なのでしょう。
「え? 本当にここに住む気なのですか?」
聖騎士の剣を持ってきたということは、ここに住む気満々のようです。勘弁して欲しいですわ。
「主の身を守るのは聖騎士の役目だ」
「……別にここに住まなくてもいいわよね? だってこの家は一階は店に改装したから、住むには狭いわよ?」
「聖騎士が主の元を離れるにはそれ相応の理由が必要だと契約にはある。それを反故した場合。俺は聖獣に食われる」
聖獣。本当に厄介なモノですわね。
契約の監視者という感じでしょうか。
「聖獣の力を使う対価にしては面倒事が多すぎるのではなくて?」
聖騎士が聖騎士である所以です。
聖獣と契約をすることにより、聖獣の力を奮うことができる人。そして、その力は契約者個人の采配で振るうことをよしとはせず、契約者の主の命によって振るわれる。
だから、クロードは聖王との契約を破棄されてから、私と契約をするまで聖獣の力を使えなかったということになります。
己の力ではないモノを使うリスクかもしれませんが、あまりにも制約が多すぎると思うのです。
「さぁ? これが当たり前だったから、別に何とも思わない」
はぁ、聖獣に監視されるのが当たり前。幼少期からそのように教育されてきたのであれば、きっと何も疑問にも思わないのでしょう。
「ああ、そうだ。これを受け取ってくれ」
そして、話がお金の話に戻るのでした。