第39話 ないものねだり
「マリーや。優しいマリーの欠点は素直でないことじゃよ」
サイさんの言葉に顔を赤らめる幻惑の魔女の姿に、どう見ても祖父と孫という関係にしか見えてきません。
「今回、押しつけるようになってしもうたことを、申し訳ないと言うつもりなのじゃろ?」
今回のこと?
ああ、サイさんから頼まれた魔力不全の方の話ですか?
「人として、まだまだ生きねばならぬのじゃ。他人に誤解を与える態度は控えねばならぬのぅ」
「そうね。あなたの言う通り」
魔女は三百年は、人として生きなければならない。これは魔女の掟。
幻惑の魔女は、サイさんと過ごした時間の倍以上を人として過ごさなければなりません。
「禁厭の魔女。貴女に面倒なヤツを押し付けたと思っているわ」
面倒な人とは、どういうことでしょう。
「取り敢えず、悪態をついていれば、殴って黙らせていいと、私から許可を出しておくわ」
そう言って、幻惑の魔女は群青色の封筒を差し出してきました。先日、サイさんから渡された封筒と同じです。
そして裏を見ると『レイアール国』の紋の封蝋印がされています。
「え?」
これには流石に見間違いようがありません。私はファインバール伯爵様の仕事を引き継いでいたのです。
まさか、マリーアンヌ様とは王族の方なのですか? しかし、王族が魔女の家系だとは聞いたことがありません。
「それね。それぐらいないと面倒なヤツだから、国王を脅して押させたのよ」
「マリー。またフェルをいじめてきたのかのぅ。程々にしたほうがよいぞ」
「ふん! 馬鹿王が、『可愛いマリエッタちゃんの様子がしりたい』とか言わなければ、このようなことには、なってなかったのよ!」
マリエッタ元第一王女のことでしょうか?
確かグラフェルト帝国に嫁がれたと聞いています。
あら? もしかして、幻惑の魔女は表向きは素材採取として帝国に赴いて、帝国に嫁いだマリエッタ皇妃の状況を知りたいという国王陛下の依頼を受けていたということでしょうか?
「一日でも一秒でも長く、あなたの側にいたいのに!」
「フォッフォッフォッ」
魔女と人との生きる時間は違います。魔女は人の姿をしているものの、千年単位で生きる者です。
しかし人は長く生きても百年ほど。
魔女は三百年は人と暮らし、出会いと別れを繰り返していかねばならないのです。
それが、魔女の姿が人外へと変わっていく要因の一つになるのでしょう。
「なのに……なのに……」
え? 何故、私が睨まれるのですか?
「魔女が聖獣の主ですって? 聖獣の契約者が夫ですって?」
あの……押しかけ旦那なのですが? そこに何も愛情的なものは発生していません。
「寿命のない霊獣が、長命の魔女を主とするなど、あり得ないわ! 私なんて! 私なんて!」
「ああ、俺とシルヴィアがラブラブなのが羨ましいと」
「クロードさん。違うと思います」
あの聖騎士の主従の契約書が、互いの中に取り込まれた状態のことを言いたいのでしょう。
魔女の生が、聖騎士の生になってしまったことに。人を長期間縛ってしまうなど罪深いことですわ。
「私もディーと一緒にずっといたい!」
……子供みたいなことを言われてしまいました。その横でサイさんは『フォッフォッフォッ』と笑っています。
この態度からよく言われていることなのかもしれません。
「羨ましいのなら、羨ましいと言えばいいだろう? 俺はシルヴィアを守る聖騎士で、夫だからな」
あの……クロードさん。私を抱き寄せながら、幻惑の魔女を挑発しないでください。
凄く睨まれているではないですか。
あと、堂々と言われると恥ずかしいです。
「ぐやじい〜! 何故私は幻惑の魔女なのよ! 錬金の魔女なら、絶対に賢者の石を作り出したのに!」
「フォッフォッフォッ。マリーは幻惑の魔女じゃからよいのじゃよ」
ないものねだりですわね。私も禁厭の魔女でなければと思うことがありますわ。
「あの? 契約をされた方をこちらに連れてくることは駄目なのですか?」
「はぁ? あの神官を? ないわ! 絶対にないわ! ディーの優しさに惚れられたらどうするのよ!」
私からは、どう見ても優しいおじいさんにしか見えないので……惚れられたらということは女性ということですか。
契約婚は別に男女は問いませんから、そこは別にいいのです。
神官ということは、その方も魔女と正反対の聖属性をお持ちということですか。
「やっぱり、あの神官をぶっ殺していいと思うわ」
「マリーや。人殺しは駄目だと言っておるじゃろう? それに神官ということは、この地にはおらぬ者じゃ。来てもらってもよいのではないのかのぅ?」
確かに辺境都市『エルヴァーター』には、治療師と薬師はいますが、神官という方はいらっしゃいません。
「ディーがそう言うのであれば、神官長をガタガタ言わせて許可をもらってくるわ」
先程までイライラ感を振り撒いていた幻惑の魔女は、恋する乙女化しキラキラした目をサイさんに向けています。そして、恐ろしい言葉を残してモヤに包まれて、この場から消えていきました。
神官長をガタガタ言わすとは物理的にとか言いませんわよね。




