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第4話 禁厭の魔女シルヴィア

「まぁ? 名乗りもしない方に説明する義理はないというものです。このままお帰りください」

「いや。この姿をみればわかるだろう?」

「はぁ……どれだけ自信過剰なのでしょうね? その辺りで遊んでいる子供に同じことが言えるのですか? 物体X」

「むむっ!」


 黒い塊に何を言われようが説得力がないですわ。


「魔女殿は人を認識できないのだったな」

「違います! 呪いに覆われた物体にしか見えないと言っているのです」

「わかっている」


 そう言って物体Xは店に押し入ってきました。そして私の足元で縮みます。

 ん? 座り込んだ? 跪いている? わからないわね。


「はじめまして、漆黒の魔女殿。聖騎士クロード・ハイヴァザールと申します」

「聖騎士を辞めたのではなくって?」

「聖痕がある限り、聖騎士と名乗れる。ただ、どこの国にも所属していないだけだ。魔女殿の名はいただけるのでしょうか?」


 ん? 聖騎士対応なのでしょうか? 丁寧な言葉遣いに違和感を感じます。まぁ、私には物体Xにしか見えませんから仕方がないというのもあります。


「シルヴィアよ。魔女としては禁厭(きんえん)のシルヴィアよ」


 魔女の名は生まれながら持っています。それはその者の(さだめ)でもある名です


 名乗り終わった瞬間、目の前に文字が浮かんできました。それも魔力で書かれた文字です。その文字を目で追っていきます。

 これは……主従の契約……まさか!


 私は物体Xを見ました。


 相手は聖騎士。聖騎士が正式に名を捧げるのは聖王ただ一人。


 しかし、今はその契約を破棄され、主がいない聖騎士です。


 しまった! これは名乗れと言ってしまった私の失態。

 普通、聖騎士ハイヴァザールだけ名乗るでしょう! なぜ名前まで名乗っているのよ!


 くっ! 相手が正式に名乗ったから、私も魔女としての名を名乗ってしまったのも悪い。


 最悪に最悪が重なってしまった結果。目の前に主従契約書が形成されていってしまっているのです。


「ああ……なんてこと」


 私はこの現実を受け入れたくなく、床にへたり込みます。


「名乗りましたので、契約婚の話を教えてもらえますか?」

「いやぁぁぁぁぁぁ!」





「聖騎士なら魔女に対しての知識もあるわよね!」


 同じテーブルの席について、私はバシバシとテーブルの天板を叩きます。


「勿論ある」


 物体Xは堂々と言います。

 因みに主従の契約書は私と物体Xの中に溶け込むように消えていきました。このことに関して私は怒っているのです。


「そもそも聖騎士の主従の契約書は王の剣としての契約書でしょう? 主が死ぬまで縛られるのをわかって聖騎士を名乗ったのよね?」

「勿論。聖王に仕えていた聖騎士だったからな」


 だったらなぜ、フルネームで名乗ったのよ!


「魔女の寿命はいくつだと思っているの?」

「千年ほどか?」

「長い魔女は五千年生きているわよ」

「すごいな」


 その反応に、テーブルをドンと叩きます。


「わかっているの? 貴方はそれぐらい生きなければならなくなるのよ? だからさっさと契約を破棄して」


 普通の主従の契約であれば、主から破棄を命じればできるのですが、聖騎士の契約のややこしいところは、聖騎士の聖痕を媒介して主に縛り付けるものだからです。


 これが聖騎士には聖痕がないとなれない理由になります。


 そしてこの主従契約書の恐ろしいところは、主の死が聖騎士の死につながるところです。逆にいえば、主の生が聖騎士の生になるのです。


 だから、魔女の私に主従の契約をすると、簡単には死ねないということです。


「楽しそうでいいじゃないか。それで、契約婚とは何だ?」


 楽しそうで終わらされてしまいました。まぁいいでしょう。生きるのに飽きたら、契約の解除を申しでてくるでしょうから。


 別に共に生きる必要はないのですからね。


「魔女は呪いを引き受けることができるのは知っているわよね?」


 魔女を探していたのだから、その知識があったからでしょう。


「ああ」

「軽い呪いであれば、相手に知られることもなく呪いを引き取ることは可能だけど、強力な呪いはある程度の繋がりで縛らないと直ぐに本人に返ってしまうのよ」

「だから契約で縛るのか」

「元夫だった者の呪いもそうね。あれは『淵底(えんてい)』の魔女の制裁の術だったからね。普通の契約では賄うことが出来ずに、魔女である私と婚姻することで強固な繋がりを作ったのよ。とは言っても月に一度会えばいいほどの繋がりよ」

「だったら、その契約婚をして欲しい」


 だからそれを簡単に言わないでくれる? ことは最悪に傾いているのだから。


「はぁ、問題はさっきの主従の契約よ。契約婚だけならば、私は貴方の死を待つだけで良かった」


 そう、私はロイドの死を待つだけでよかった。そうすれば、ロイドは伯爵になってロイドが思い描く未来を歩めたでしょう。


「もし、あの男のように契約婚を破棄したいとなれば、私が引き受けた呪いは全て貴方に返っていく。それも時間が経てば経つほど蓄積されていくのよ?最後は発狂ものでしょうね」


 一ヶ月後のロイドの状況です。いいえ、その前に彼は耐えきれずに自死してしまうかもしれません。


「別に破棄する必要ないよな?」

「まぁ、一ヶ月に一度は会ってもらう以外は自由ですから、それを苦痛に思わなければ問題ないでしょう」

「違う。違う。本当に夫婦になればいいだけだろう?」

「は?」


 何を言っているのです? この物体Xは?


「あ……順番が違うか。まずは……禁厭(きんえん)のシルヴィア殿。この聖騎士クロード・ハイヴァザールの妻になっていただけませんか?」


 ……聖騎士モードになると、そういう口調になるわけね? 物体Xだけど。

 でも思い返せば、ロイドからそんなことは一度も言われたことはなかったわ。


「一つ言っておくけど、契約婚をすると私の身体に契約痕が刻まれるわ。今はだいぶん薄くなったけど、このような感じのものよ」


 私は右頬を指して言います。ピンク色にはなりましたが、まだ契約痕が残っているとはっきりわかります。


「多分、貴方の場合はこれよりも大きくなりそうね」

「いいじゃないか。俺の妻だと見せびらかしているってことだろう?」


 ……そう言われると、恥ずかしくなるから別の言い方にして欲しいわ。


 はぁ……ロイドの時は、兄との確執があったので、家をさっさと出るために決めることができたのだけど、物体Xの呪いを引き取るメリットがないのよね。


「その呪いを引き受ける対価に、貴方は何を差し出すの? 息子の呪いを引き受ける私に父親の伯爵は、あらゆるものを私に与えてくれたわ」


 魔女の知識では得ることがない、一般常識や子爵家では教わらなかった貴族のしきたりは基本として、生活に必要な物全て、人の一生は遊んで暮らせる賃金。そして本当の父から得られなかった、父と子の関係。

 伯爵には本当に感謝しかありません。


「俺の全てだ」


 ……何か凄く重い言葉を言われましたわ。


「あの男の言うこともわかる。全身を襲う痛みや水の中で溺れているような息苦しさ、そして異界の勇者の呪詛がずっと聞こえるのだ。これに耐えきれず自ら命を絶った者もいる。自我を手放し狂ったものもいる。だが、悔しいじゃないか。俺達はただの捨て駒か? 使い潰せばいいだけのモノか? それでは不要だと言われた異界の勇者と同じじゃないか。俺は生き足掻きたい。俺を捨てた王を見返したい」


 ああ、その執念というものだけで、この状態でも正気を保っているのね。


「いいわ。貴方と契約をしてあげる。いつか王を見返してあげればいいわ」


 そう言って私は立ち上がった。

 そして空間に両手が入るほどの魔法陣を描きます。


 その魔法陣の中央から一枚の紙がでてきました。今はなにも書かれていないただの白い紙です。


「我、禁厭(きんえん)のシルヴィアが紡ぐ。我は古の盟約によりアランカヴァルに呈するモノなり、その力を持って、聖騎士クロード・ハイヴァザールと縁定す。これにより、かのモノの呪は我が承る。だが、これを反故した場合全ては元に帰すものなり」


 呪文が言い終わると、今は使われていない古代の文字で、契約されたことを記した契約書が出来上がった。


 それを手に取り、空間から取り出したペンで私の名前を書く。そしてそれを物体Xに差し出した。


「ここにフルネームを書いて」

「アランカヴァルってなんだ?」

「気にしなくていいから。書く」

「気になるのだが?」

「始まりの魔女の名よ」


 納得したのか、物体Xは私からペンを取って、名前を記入した。

 まぁ、始まりの魔女という説明はちょっと違うのだけど。


 書き終わった契約書を空間に浮かべる。


「契約は成った」


 すると、契約書は瓦解していき、青みがかった黒い紋様を形成していく。

 これはなんと言いますか……大きい上に、深淵のような冷たさを感じます。


 その紋様が私に向かってきました。


「いっ……あぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


 紋様が張り付いたと同時に襲ってくる呪い。


「シルヴィア!」


 世界を呪うような呪詛。

 全てを打ち壊そうとするほどの怒り。

 切り裂かれる痛み。

 鈍器を打ち付けられる衝撃。

 死への恐怖。


 そして故郷への哀愁。


「貴殿の想いを禁厭(きんえん)のシルヴィアが全て承った。貴殿の想いを虚空に封じよう……」


 そして私の意識は途絶えたのでした。



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