第37話 魔女の薬屋のいつもの朝に……
「美味い! 出涸らしと言っていたが、美味いじゃないか! なんとも言えない香草の香りがとても合っている」
満足そうにネプラ肉をただ焼いただけのものを食べているクロードさん。昨日、ぱさぱさするなと言っていたのを忘れてしまったのでしょうか?
そして私はその向かい側で、白いクリームの上に宝石のように散りばめられた黄色や赤や紫のカットフルーツが飾られたケーキを食べています。
丸く大きなふわふわのケーキを、頬張りたい量だけフォークですくって、口の中にダイブさせる。
なんという幸せな時間。
クロードさんが日課の訓練の帰りに例のパン屋で買ってくれたケーキです。朝から贅沢ですわ。
「カリスに漬け込みましたからね。それは美味しくなっているでしょうね」
「葉っぱを上からかけただけなのに、一晩でこれほど美味くなるなんて、もっと取っておけば……」
「クロードさん。ネプラカリスは希少種ですから駄目ですよ」
「はぁ……残念だ」
残念だと言いながら、その手は止まることなく、お肉が消えていっています。本当に十羽では足りないようです。
「あとで、今日買ってきた肉も焼こう」
そしてクロードさんは、朝ごはん用に肉の塊も買って帰ってきていました。
食べる量が半端ないので、それはドン引きされるでしょうね。
「しかし、あの葉っぱが本当に聖水になるんだな」
「ええ、私達はネプラカリス水と言っていますね」
昨日の夜に小川で不純物を洗い落として、そのまま壺に詰めて蓋をしただけでしたが、一晩経てば葉っぱであった形跡は無くなり、緑がかった水が壺の中に満たされているのです。
それと精霊水の調合比率によって、貴重な魔法薬の数々が作られるのです。
そう、不老の薬だって作れるのです。
しかし、それ以外にも入手困難なものが必要になってきますので、作って欲しいと言われても、二つ返事を返すことはありませんがね。
「ああ……味は満足なのに、量が足りない」
そう言って席を立つクロードさん。
私は足りない薬の調合でもしながら、店を開けましょうか。今日は午前中だけの開店になりそうですから。
どうみても肉を切るために専用で作らせたのであろう包丁を手にしているクロードさんを背にして、店の入口に向っていきます。
開店のプレートを出すために扉を開けると、すでに何人か人が扉の前に立っていました。
「いらっしゃいませ~」
そう言いながら、開店のプレートを扉につけます。
「朝早くに悪い。傷薬を五つ頼む」
今日は天気がいいので、朝から森の方にいく冒険者の方々のようです。
「中にどうぞ」
今日も魔女の薬屋はいつも通り開店したのでした。
「魔女さんや。今日も余り物のパンを貰ってきたのじゃ」
「あら? サイさん。いらっしゃいませ」
客足が途絶えたところにサイさんがこられました。また孫娘さんが働いているパン屋からパンを貰ってきたようです。
「クロードさんがまだ居座っていますけど、相席でよければどうぞ」
今まではサイさんの特等席のダイニングテーブルの席には、大量に焼いた肉を食べているクロードさんがいます。テーブルの上には焼かれた肉が言葉通りに山のようになっているのです。
「フォッフォッフォッ。わしは構わぬぞ」
「シルヴィア。居座っているとは酷くないか? 肉を焼くには……」
「肉へのこだわりは聞きましたので、大丈夫ですよ」
私はにこりと笑みを浮かべながらクロードさんの言葉を遮ります。肉の話をすると長いのは経験済みですわ。
そしてサイさんからパンを受け取ってキッチンの前に立ちました。
「フォッフォッフォッ。仲良くやっておるようじゃな」
別に喧嘩をするほど自分の意見を言うような関係ではないというだけですわ。
そしてクロードさんとサイさんの雑談を聞きながら、いただいたパンを食べやすい大きさに切ります。
いつも通りベーコンを焼いて、卵をその上に落としました。その間にパンを少し炙ってバターを塗っておきましょう。焼き上がったベーコンと卵を乗せれば完成です。
代わり映えのないものですわ。
「どうぞ」
お茶と一緒にパンをサイさんの前に出しました。
「いつも通り美味しそうであるな」
「いつも同じですけどね」
「フォッフォッフォッ。それがよい」
そう言って食べるサイさん……をガン見するクロードさん。
え? なんですか?
「俺の分は?」
「え? ないですわよ?」
これはサイさんが、遅い朝食代わりに持ってきたパンですもの。おそらく、私のことを心配して理由をつけて来てくれているだけだと思うのですが。
「食べたい。妻の料理を食べるのは俺の特権だ」
なんです? その特権というのは? どこから発生したのですか?
「これは、体力増加が付与されますけどいいのですか?」
「とてもいいじゃないか!」
いいのですか? 今回は事前に言いましたので、後で文句を言われても聞きませんわよ。
「ふむ。会議がある日は、魔女さんの朝食を食べんと、若いものに負けてしまうからのぅ」
えっと……サイさん? 会議で若い人と勝ち負けが発生するとはどういう状況なのかしら?
首を傾げていると、私の肩が背後から叩かれました。
「だから、こういうことだと、わからないのかしら?」
ひっ! 何故か背後から幻惑の魔女の声が! 帝国にいるはずではないのですか!




