第36話 納得できる
前日の雨は上がったのか、鳥の鳴き声で目が覚めました。目を開けると窓の外は明るくなってきているので、もう少しだけこのまどろみの海の中で漂っていても……目を閉じて寝返りを打とうとしても、身体が動きません。
それに何故か、身体が重い……まさかこれが噂の金縛りという現象!
のわけないですわね。
「クロードさん。何故に私の部屋に侵入しているのですか?」
そう、私はクロードさんに捕獲されていました。
この狭いベッドで、流石に二人はきついと思うのです。
それに私は昨日あれから、クロードさんを部屋から追い出したはずです。クロードさんには隣の空き部屋を好きなように使っていいと言ったはず。
ええ、本当に何もない部屋ですが、最初は雨風が防げるところで寝起きできるだけでいいと、言っていたではないですか。
どうして私のベッドに侵入しているのですか!
「シルヴィアが突然いなくならないようにだ」
なんですか? それは?
昨日は『幻惑の魔女』から招待されたと説明したではないですか。魔女同士の招待は無視するとのちのち面倒になるのと、挨拶するために早めに行ったと説明したではないですか。
「不服なら聖獣青虎を近くに置くのと、夫である俺が一緒に寝るのとどちらがいい?」
その選択はおかしくありませんか?
夫って……そもそも契約婚だと言ったではありませんか。
それから……
「聖獣青虎を近くで出せば、排除しますよ」
魔と聖の相性は最悪なのですからね。
魔女たちからも笑われるようなことなのですからね。
まさか、『鎮星の魔女』に笑われるだなんて、魔女たちの会合で、何を言われることかわかりません。
「だったら一択だよな」
「それは違うと否定します」
「あと、シルヴィアがいないと肉が食えない」
「ああ、そっちの理由なら納得できます」
パチリを目を開けて斜め横に視線を向けますと、赤い瞳が私を見ていました。
肉好きを理由に上げられたほうが、私としては納得できます。私も甘い物に目がありませんから。
「それは、それでさみしいな。俺はかなりシルヴィアのことを好きだぞ」
「は?」
どこに好意をもつことがあったのかしら?
私はかなり忌避される行動しかとっていませんわ。
魔女として動くのであれば、そちらの方を優先していますし、ファインバール伯爵家にいたときに『魔物を倒すとは恐ろしい女だ』と元夫にドン引きされていました。
それに甘い物をバクバク食べるなんて、下品でしかありませんもの。
ファインバール伯爵は笑って認めてくださいましたが、夫人からは手がでることが多かったですわ。
まぁ、それで甘い物を我慢する日々が続いていたのですけど。
「高魔力者の特性は一般には理解されないことが多い」
「はぁ……」
なんですか? 突然。
確かにクロードさんの保有する魔力量は多いですわね。それが何か問題でも?
難易度の高い魔法では、多くの魔力を消費するので、あればあるほどいいではないですか。
「俺の食べる量を見て、笑ってくれるだけでも嬉しい」
苦笑いでしたわよ。あの量を本当に食べきるなんて思っていませんでしたわ。
しかし、それを言うと私の甘い物好きを否定するようなものなので、言わなかっただけですわ。
「そう?ケーキのホールごと食べる私に何が言えるというの?」
「だから、気を遣わずに食べられるっていうだけで、いいじゃないか。説明をしなくても理解してくれる人は殆どいない。俺が会った中では聖女様ぐらいか」
アンドラーゼ聖王国の聖女ですか。
他国のことですので、どのような人物かは噂でも耳にしたことがありませんわね。
しかし、気を遣わずに食べられる幸せですか。それはあると認めましょう。
人生……魔女生初のケーキのホール食いは幸せの塊でしたもの。
「だから俺はシルヴィアが好きだ」
「……そうなると、聖女も好きとなりますわね。国に戻ります? 戻っていいですわよ」
「は? 何故にそうなる」
え?さっき理解してくれるのは、聖女ぐらいしか会ったことがないと言っていたではないですか。それに敬称をつけているということは、それなりに敬っている人になりますわね。
「シルヴィア。人は見た目と地位だけで判断してはいけないというのを具現化した者がこの世にはいる」
「はぁ……まぁ、いるかもしれませんわね」
あら? 何か触れてはいけないことでも私は言ってしまったのかしら?
なんだか、聖魔力が漏れ出ていますわ。空気がピリピリします。
「笑顔で、人を物のように扱うのが聖女という存在だ。『聖女様』という地位でしか、仕える意味を見いだせない存在だ」
……言われてみれば、聖女という方にも名前があるはずですが、クロードさんは『聖女様』としか言っていませんでしたわね。
「中身が悪魔だと言われても、俺はやはりそうだったのかと納得できる」
アンドラーゼ聖王国は色々問題がありそうですわね。それから、聖女という者の話は、しないほうがいいとわかったのでした。




