第33話 魔女の姿は人にあらず
「我らは古の盟約によりアランカヴァルに連なるモノなり。アランカヴァルの意志を受継ぐモノたちよ。我が呼びかけに応えよ」
室内いっぱいに広がる複雑な紋様の陣。
その陣からは、膨大な力が渦巻いて大気を揺らしています。
呪文を唱えているのは幻惑の魔女です。私は、その後ろで魔力が吹き荒れる中心を見ています。
これは魔女が魔女を喚び出す呪文。
よっぽどのことがない限り、使われない呪文です。
私の知識でも両手で数えるぐらいしか、使われていないとあります。使われるのは毎回世界を揺るがす事態が起こったときのみ。
今回のことも、それらと同等のことが起きたと考えて良いでしょう。
「『水月の魔女』『天河の魔女』『鎮星の魔女』よ。我の呼び掛けに応え給え」
すると、膨大な魔力の塊が、陣から顕れたのを感じました。私はすぐにその場で床に膝をつき、頭を垂れます。
私は見習い魔女に過ぎませんので、魔女としては下っ端です。ですから、お歴々の方々には敬意を払わなければなりません。
というのは建前で、魔女というのは大概、面倒な性格の持ち主なので、私のようなものは下手に出たほうが後々面倒がなくていいのです。
「まだ、あの勇者の怨念を宿した者がいたのかえ?」
「勇者が討伐されて何年経ったかのぅ?」
「まだ、数カ月ほどである。もうボケはじめたのか」
「ババァに言われたくありませんなぁ」
「一番年寄が何を言っておるのかのぅ」
「ふん! 我より若いのにもうボケ始めたのかと心配したやったのだ」
……顕れた早々に口喧嘩を始めていますわ。この場で喧嘩はしないでください。
「ばばぁ同士が何を言っているのですか? さっさと要件を告げて帰ってください」
マリーアンヌ様! 魔女たちの話の間にゴリッと入ろうとしないでください。大抵が、グチグチ言って終わるはずなのですから。たぶん。長いですけど。
「生意気な口を利くと食らうぞ。幻惑の魔女」
「ほほほほほ。若い子は元気がええですなぁ(生意気言ってるんじゃないわよクソガキが!)」
「ヌシら、ウザいと言われておるだけじゃ」
何か副音声が聞こえてきた方がいますけど、気の所為ですわよね。
「確かに話はさっさと終わらすことに限る。以前の根性なしの『黎明の魔女』など失神しておったからな」
「面を上げなされ」
一人の魔女から顔を上げるように言われましたので、頭を上げます。
そして私はこの目で初めて魔女という存在を捉えました。
知識では知っていましたが、やはり本物は想像以上に存在感が半端ないです。
先程まであった晩餐でも行うのかというテーブルは無くなっており、その場に三人の魔女が立っていました。
「おや? 禁厭の魔女ではないか。久しいのぅ」
「まだ生まれたばかりではないのかえ?」
やはり、お二人は『禁厭の魔女』を知っているようです。私の額の魔石を見て、誰だか当ててきました。
久しいと言ったのは『天河の魔女』です。
濃い紫色の三角の帽子を深く被り、とがったクチバシのような面をつけているため、その容姿はわかりません。ですが、布地の少ない衣服から見える皮膚は緑色の宝石のような光沢感があり、どうみても人には見えません。
私のことを生まれたばかりと言ってきたのは『水月の魔女』です。
見た目は人の形をしているものの、流動性の水のように安定していない肉体で、全体的に白藍色のような淡い水色をしています。
水の精霊と言っても納得できる姿をしていました。
そして無言で私を見てくる魔女。
私の知識には又聞きの情報しかありません。
五千年は生きている魔女。魔女たちを統制する魔女。だけどその姿を知るのは一部の者達のみ。
『鎮星の魔女』
一言で言えば黄金色のドラゴンです。
ドラゴンが人の形をとったドラゴニュートに見えなくもありませんが、足はなく一本の尾で、その身体を地面から支えていました。
「魔女の名を名乗るがよい」
その『鎮星の魔女』から名乗るように言われます。
「お初にお目にかかります。『禁厭の魔女』と申します」
「『禁厭の魔女』そなたが、今までの中で一番深い呪いを持っておる。如何にしてそのような呪いを引き受けることになったのだ。それにおかしな術も混じっているようだな」
流石、一番長生きしている魔女です。見ただけで、別の契約もしていることがわかるのですね。
だから私は三人の魔女にことの経緯を説明しました。そう、魔女のクセに聖獣の主になってしまったことをです。
「え? 貴女、あの聖騎士ハイヴァザールと契約婚をしたの!」
何故に、幻惑の魔女が驚いて聞いてくるのですか! サイさんから何も聞いていないのですか!




