第30話 聖騎士仕様に悪寒が…
「魔女の店主。実は店主に王都から客を連れてきたのですよ」
「あ……帰りに貴族の方の依頼を受けたのです。『エルヴァーター』までの護衛と薬師の魔女さんの紹介を頼まれたのです」
兄であるカイトさんの背後からおずおずと補足をしてくれるレイラさん。グランディーア兄妹は性格は全く違うものの、見た目はそっくりです。二人して中性的な容姿で、青い髪に青い瞳。双子と言っていいと思いますが、やはり男性であるカイトさんの方が背が高く、女性であるレイラさんはその背中の陰にすっぽりと隠れてしまいます。
はい、私からはレイラさんの姿が全く見えません。
人見知りだそうです。一年かけてやっと普通に話せるようになりましたのに、これはきっと背後霊のようにいるクロードさんの所為でしょう。
「あら? ごめんなさい。昼から出かけていたのよ。でも今日は遅いから明日にしてもらえるかしら?」
雨もまだ降っていますし、突然の夜の訪問とは失礼にあたってしまいますもの。
「それが、すぐに会いたいそうでしてね。夜中でもいいので会いたいと言われているのですよ」
うーん。これは困りましたわ。
今日の夜は『幻惑の魔女』に挨拶に行こうと思っていますのに、誰だかよくわからない人に時間をさきたくありませんわ。
それに今から、採ってきた薬草の下処理をしておかないと、すぐには使えませんもの。
「ごめんなさい。今日はこれからサイさんに頼まれた仕事をしないといけませんの」
「それは、そちらの方が最優先ですね。では明日の昼以降は如何ですか?」
サイさんの名前はかなり効果があったようです。カイトさんは明日の昼以降の時間を聞いてきました。
「ええ、それなら大丈夫ですわ」
あまり人が来ない薬屋ですが、朝と夕方に来客があり、昼間は殆ど来客はありません。
強いて言えば、ウエイトレスのエリンさんが遅い昼休憩のときに彼氏の方の話をしにくるぐらいですわね。
「では、魔女の店主。明日の昼以降にお迎えにあがります」
うやうやしく頭を下げるカイトさん。どこか血筋の良さを感じるものの……
「聖騎士ハイヴァザール殿は邪魔ですので、来なくていいですからね」
「兄さん!」
「なんでも自称魔女の店主の夫とか名乗っているそうではないですか。魔女が本気で結婚すると思っているのですか? それも属性が正反対の聖騎士なんかと」
「兄さんこそ、相手は聖騎士ってわかっているの? 聖獣にかみ殺されるわ」
「勘違いされているようなので、教えて差し上げますよ。魔女は人の形をした魔モノ……」
私の横を一陣の風が吹き抜けました。
そして私のすぐ横には銀色の輝く聖剣があります。
それもカイトさんの首元に突きつけられていました。
「ひっ!」
カイトさんの背後から聞こえる悲鳴。
そしてどこからともなく聞こえる獣の唸り声。
「よくしゃべる口ですね。その首を斬ればその雑音も聞こえなくなって、平和になりそうですね」
何故に未だに聖騎士仕様!
逆にそれが怖いですわ。
「私の主は『禁厭の魔女』です。その主を貶す輩には、聖獣の牙と爪に貫かれても文句はないですよね」
私はクロードさんの腕に手をおいて剣を下ろすように促します。ここで争い事は駄目ですわ。
「これは興味深い。魔女を主とする聖騎士ですか。てっきり魔女の店主の優しさを勘違いした者だと思っていたのですが、まさか相反する魔女に忠誠を誓うとは、聖騎士ハイヴァザール殿は面白いことをしますね」
はぁ、はっきり言ってカイトさんに悪意はないのです。
悪意がない悪意。それを持ち合わせるからこそ、カイトさんは人と上手くいかないのでしょうね。
「クロードさん。聖獣を出すときは私がいないところでお願いしますね。それから、カイトさんの言葉に嘘はありません。だから、怒るようなことは何もないのですよ」
そう何も嘘はないのです。
「しかしシルヴィア」
「クロードさん、剣を収めてください。カイトさんは初めから敵意はありません。言うなれば、真実が見えてしまうからこその言葉です」
「意味がわからないが?」
しぶしぶ剣を収めるクロードさん。そして私はグランディーア兄妹に視線を移します。
兄であるカイトさんの背後から恐る恐る顔を見せるレイラさん。本当にそっくりな二人です。
「海の精霊の血を引いていますからね。人とは少し違う物も見えてしまうのは仕方がありません」
人と海の精霊のニンフの混血。それがグランディーア兄妹の正体です。
人よりも強いのは別の種族の血が入っているためで、おかしな言動が目立つのは、物事の捉え方が違うからとも言えます。が、恐らく本人の性格の問題の方が強いように思えることは黙っておきましょう。
「精霊の血……確かに人というには奇妙な気配をまとっていると思っていたが」
あ……クロードさんの聖騎士仕様がいつの間にか解けたようです。寒気も収まって、ひと安心ですわ。
「我々のことを理解してくれる魔女の店主に、憧憬の念を抱きますね」
「……聞き慣れない言葉を使うのも精霊の血を引くからか?」
さぁ? お二人の生い立ちは知りませんので、古風な人に育てられたのかもしれません。
「兄さんは薬師の魔女さんのことを好きと言っているだけ」
「あ?」
え? ただ単に、種族の違いを理解してくれるから、好意的に思うって言っただけですわよね?
だからクロードさん。剣を抜こうとしないでください!




