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第3話 物体X


 怪しい人物がうろついているという噂話を他の人からも聞いた翌日。


『開店』のプレートを出しに、店の外に出れば……


「ひっ!」


 真っ黒い物体が立っていました。

 思わず足を引くと外の地面と扉との段差に足を引っ掛け、そのまま後ろに倒れ込む……痛くない。


「すまない。驚かせてしまった」


 ……ん? この声は元夫のロイドではない。

 え? 誰?

 こんな真っ黒な物体は元夫だったと思われる物体X以来見たことがありませんわ。


 そして、私は黒い物体Xに背中を支えられていました。

 どうやら中身は人間のようです。


「貴女が魔女なのか?」

「どなたか存じませんが、離していただけますか?」


 私の視界はほぼ黒い物体Xに占められているので、引きつった笑みになってしまいます。


「ああ、すまない」


 解放されたので、取り敢えず笑みを浮かべ、店の外にそのまま出て、落ちたプレートを回収し、笑顔で扉を閉め……られませんでした。


「今日は定休日です。後日来てください」


 扉の隙間から物体Xの触手か、なにかが入りこもうとしています。


「いや、どう見ても店を開けようとしていたよな」

「気の所為ですわ」

「話だけでも聞いてくれ」

「嫌ですわ」

「ここが最後の砦なんだ」

「使い方を間違っていますわよ!」

「どこに頼んでも駄目だったんだ」

「聖王国の聖女様に掛け合いなさい」

「その聖女様でも無理だと言われた」

「は?」


 思わず扉を閉める力を弱めてしまいました。そして強引に扉を開ける物体X。

 しかし、扉のノブを持ったままでしたので、必然的に外に引っ張られる私。


 外に飛び出た私の身体は物体Xに受け止められてしまいました。


「ひぃぃぃぃ! なに? この執念? 憎悪?」


 魔女の制裁の比ではありませんわ。


「離してください」

「話を聞いてくれるまで、離さない」

「いやぁぁぁぁぁぁ!」


 私は脅しに屈して、中に招き入れることにしたのでした。

 サイさん。私のことを言わないと言ってくれたではありませんか。本人が来てしまいましたよ。


 内心愚痴りながら、物体Xに四人かけのテーブルの席に勧めます。



 一応、お茶を出しました。精神安定と浄化効果が入っていますが、所詮お茶なので、気持ちが落ち着く効果しかありません。


「なぜ、そんなに距離を取るのだ? 話を聞いてくれるのであれば、強引なことはしない」

「私には貴方が人ではなく物体Xに見えるので……」

「目が悪いと?」

「違います! その呪いが具現化して見えるのです!」


 失礼な人ですわね。

 私は店のカウンターの奥から物体Xを睨みつけます。


「それでは話してさっさと帰ってください」

「いや、話を聞いてくれと言ったが、そんな邪険にしなくても……はぁ」


 そして物体Xはことの原因を話しだしたのでした。


「俺はアンドラーゼ聖王国の聖騎士だった」

「とても口が悪い聖騎士ですわね」

「もう聖騎士じゃないからな」


 確かに規則に縛られることはないので、話し方は自由ですが、強引な手段は許せません。直接呪いに触れる私の身にもなって欲しいですわ。


「グラフェルト帝国の話は耳に入っているか?」

「帝国の話? 異界から勇者を召喚したっていう噂話のこと? 本当にくだらないことをしたものね」


 帝国は軍事力を高めるために、異界から勇者という者を喚び出したらしいのです。勇者召喚は古代魔法に確かにありますが、成功率は低く、何がでてくるかわからないところが難点です。


「それが人の形をした化物を召喚してしまったのだ。民衆には上手く隠しているが、当時は各国から非難されたものだった」


 確かに勇者召喚は上手くいったという話は聞くけど、その勇者がどんな姿で今どこにいるかなんて聞かないわね。


「帝国は扱いに困った勇者を討伐するように各国に願いでたのだ」

「なんとも身勝手なことですわね」

「そして各国のつわ者が集まり勇者を討ち取った」

「可哀想ね。勝手に呼び出されて、殺されるなんて」

「最後に巨大な竜に変化した勇者は、その場に居た者たちに呪いをかけて息絶えた」

「当然の報いじゃないかしら?」

「聖女様に解呪を願ったが、呪いを弱めることで精一杯だと言われたのだ。そして魔女であれば、呪いに対処できると聞いて、この地までやってきたのだ」

「ご苦労さまでした。お帰りはあちらの扉からどうぞ」


 話は聞いたので、扉を指しながら退出するように言います。


「魔女殿! どうにかならないか!」


 カウンター越しに詰め寄ってこられても困りますわ。


「その話。どちらに正義がありますの?」

「それは……」

「帝国の話にのった時点で、共犯者になったのではないのですの? まぁ、貴方個人からすれば、国のとばっちりを受けて、放り出されたという感じでしょうが、扱いきれなかったから殺すのは間違っていると私は思いますわ」


 聖騎士という立場であれば、国が死ねと言えば死ななければならないことはわかります。これは聖王国で彼の呪いを解除するという手段を模索しなければならなかったことだと私は思うのです。


 だから私がどうこうするのは違う気がします。


 しかし、ここまで呪われていて普通に立っているのは凄いですわね。普通は起き上がることも難しいことでしょうに。


 私は立ち上がってカウンターの一部になっている場所を上げて、店の中を通っていきます。そして扉を開けました。


「どうぞ。お帰りを」







「シルヴィア!」


 私の名を呼ぶ声に、肌が粟立ちます。店の外を見ると、遠くの方に黒いモヤをまとった見慣れた人物が駆け寄ってくるではありませんか!


「探したぞ! シルヴィア!」


 ヤバい!

 そう思い。扉を閉めて鍵をかけます。


「出てこいシルヴィア! 俺の呪いをなんとかしろ!」

「お断りします。貴方はメリッサさんと仲良く暮らしていたのでしょう?」

「メリッサだと! あれは俺を騙していたんだ! 叔父が伯爵の地位を奪いとっていったら、どこぞかの男と共に消えたんだよ!」


 そうですか。執事のスウェンは伯爵の指示通りに、伯爵の弟君に指輪を渡したのですね。

 それに娼婦であったあの女性は、ロイドの地位が目当てだったことは明白です。ロイドが伯爵にならないとなれば、別の男の元に行くでしょう。


「魔女の契約婚でもなんでもしてやる! だから出てこい! ちっ! 町の奴らはシルヴィアなんて知らないと言っていたが、いるじゃないか」


 あら? もしかして、昨日言っていた貴族っぽいヤツというのは、ロイドのことだったのですか?

 それも私の名前を出して聞き回っていたのですか?


 これは昨日のように皆が心配して来てくれるわけです。


 ロイドは人の話を聞きませんもの。


 ということは、私の背後に立っている物体Xは、サイさんが言っていた人とは別人だったということです。


 無言で背後に立たないでいただけます?


「魔女のケイヤクコンとは?」

「今、話しかけないでいただけます? 取り込み中だとわかりますよね?」

「シルヴィア! 出てこい!」


 扉をどんどんと叩く元夫のロイド。背後には謎の物体X。

 この状況詰んでいません?


「体中が痛いんだ! なんとかしてくれ! わけの分からない女の声がずっと聞こえるのだ。ユルサナイユルサナイって、もう狂いそうだ!」

「私は忠告しましたよ。私との契約は貴方から破棄されたのです。私の醜い顔など二度と見たくないと言ったのは貴方なのですよ」


 そう、全てはロイドから私の縁を切ったのです。それを自分勝手に復縁しようなど、許されるものではありません。


「醜い? その顔のアザのことか?」


 物体Xから触手が伸ばされ、顔を上に向かされました。


「離してください」

「聖痕に近いな。これと同じようなものだろう?」

「すみません。私には物体Xにしか見えないと言っていますよね? 聖痕なんて私の目には映りません」

「シルヴィア! 誰と話している!」

「ん? そうだったな。それで扉の向こう側にいるのは魔女殿の何だ?」


 同時に喋らないでもらえますか?


「はぁ。名前だけの元夫です」

「ああ、契約婚という意味は、そういうことか。それなら任せろ」


 物体Xは私が開かないように持っている扉の鍵を開け、外に出ていきました。


「俺の妻に何の用だ? 元夫かなにかは知らないが、さっさと失せろ!」

「あ……聖騎士ハイヴァザール……がなんで、この国に……え? 妻?」


 驚いたロイドは私と物体Xを交互に見ています。


 そう言えば聖騎士とは聞いていましたが、名前は聞いていませんでしたわね。物体Xの。


 これならロイドは引くしかありませんわね。


「ロイド様。私のアザは、もうすぐ消えるでしょう。それまで余生を後悔なく過ごしてくださいませ」

「あ……あんなに赤かったアザが……そんな……嫌だ! 嫌だ! 嫌だ! 嫌だ! 死にたくない! 死にたくない! シルヴィア! 助けてくれ」

「嫌ですわ。ファインバール伯爵家にお戻りください」


 私は時間を稼ぎながら描いていた転移の陣を発動させます。


 それは絶望しているロイドの足元にです。


「さようなら。もう二度と会うことはないでしょう」

「嫌だ! 助けてく……」


 声だけを残して、ロイドの姿はこの場から消え去りました。

 私のアザもあと一ヶ月もすれば消えてなくなることでしょう。


 魔女の契約婚の恩恵を受けておきながら、ことの大きさに気づかなかったロイドの落ち度です。

 この結末は私も伯爵様も見通していました。


 ただ、わかっていらっしゃらなかったのは、伯爵夫人とロイド様のみ。

 魔女を怒らせたディレイニー伯爵家の血をもつ愚かしさを見せつけただけになりましたわね。


 そして私はそっと扉を閉じます。


 が、物体Xの触手に止められてしまいました。


「魔女殿。契約婚の話を詳しく聞かせてもらえないだろうか」

「ちっ!」


 物体Xを排除するのに失敗してしまいましたわ。



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