第26話 ドラゴンの肉の効果です
「うわっ!」
怪しい悲鳴を上げながら、黒いモヤを周りの木々と同時に伐採していくクロードさん。
確かに木々が密集しているところですが、ポッカリと空間ができるほど、伐採しなくてもいいのですよ。
「なんだ? いつもと感覚が違うぞ。シルヴィアの結界のお蔭か?」
「私の結界に、そんな効力はありませんわよ」
そう言いながら、空中から黒いモヤが霧散していっている物体に近づいていきます。
「それはドラゴンのお肉を食べた所為ですよ」
「なに! ドラゴンの肉に、そんな効力があるのか!」
ドラゴンの肉自体にはありませんわよ。
黒いモヤが晴れたところには緑がかった灰色の毛並みの狼が倒れていました。そして腹の部分から黒いモヤが出続けています。
「私が調理した効果ですわ。禁厭の魔女である私が焼いた肉を食べたので攻撃力が上昇しています」
「聞いていないが?」
「私がチョコレートを作らない理由は言ったではないですか。聞かれずにお肉を食べられたので、そういうのを受け入れて食べたのだと思っていました」
チョコレートは何度も手を入れるので、どうしても効力が上昇してしまいます。しかし肉を焼くぐらいでしたら、それほどの効果はありません。
ただドラゴンという高魔力生物だと影響が、強く出てしまったというのもあります。
「確かに言っていた」
納得してくれて嬉しいですわ。
「そうか。だったら……」
そう言ってクロードさんは町の方に向って剣を構えました。そして、横一線に剣を振るったのです。
何もない空間が切れらたように、ヒュンと世界が鳴きました。
ざわりと森がざわめき出し、そのざわめきが木々と伝って町のほうに向って行っています。
「何をされたのですか?」
「魔力断ちという技があるんだが、まだ俺では力不足でできなかったのだ。もしかしたら、できるかもとやってみたら、案外上手くいった」
魔力断ちという技の意味がわからず首を傾げていると、町の方から魔獣の悲鳴のような鳴き声が響いてきました。
もしかして、逃げていった魔物たちに向けて、その魔力断ちという技を放ったのですか?
でも、魔力断ちという技がピンときません。
「あの? 魔力は生物が生きる上で必要です。だから簡単には断ち切れないと思うのです」
生命維持能力はどの生物も持ち合わせています。腕を切られたとしても、治療が間に合えば死ぬことはありません。
同じように例え一部に魔力が通わなくなっても、それを補助するように新たな魔脈が生成されるはずです。
だから、完全に断ち切ることなどできません。そう、魔力造成器官を破壊しない限りです。
その時、目の端で何かが動いたような気がしました。
そちらに視線をむけると、小型の物体Xが飛びかかってきているではありませんか!
「シルヴィア!」
私を背後にかばい、剣を振るうクロードさん。しかし、小型の物体Xはするりと剣を避け、クロードさんの顔面に直撃……いいえ、私の張った結界に阻まれて、緑色の魔法陣の上でのたうち回っているように見えます。
それを私は地面に飛び降りつつ、鈍器で叩き潰しました。炎にまみれながら地面に落ちていく小型の物体X。
「シルヴィア。結界があって助かった。まさか寄生型の魔虫が出てくるなんて、油断した。いつもの防具だとそれぐらい排除できるから」
ええ、防具をまとっていないクロードさんを補助するための結界ですもの、役に立って良かったですわ。
しかし寄生型の魔虫とクロードさんは言いましたが、地面に残ったのは茶色い陶器の欠片のみ。
また陶器の欠片ですか。
それを別の空間に陥れておきます。怪しいものは触らないほうが無難ですもの。
そしてクロードさんによって切られたヴァンウルフに視線を向けてみますと、そこには雨に濡れた黒い灰の山しか残っていません。
これはどういうことなのでしょう?
「うーん? この状況は記憶の奥に引っかかりがありますわ。どこの知識かしら?」
魔女の記憶は膨大です。
例えていうのであれば、整理された本棚にしまっているので、どの本に書かれているのか引っ張り出す作業が必要なことがあります。
しかし時間がかかりそうなので、今はやるべきことをしましょう。
「クロードさん。先を急ぎましょう。あと、魔力断ちという知識が欲しいですわ」
私の知らない知識には、興味がつきません。
「ああ、それよりも本当に進むのか? 引き返したほうがよくないか?」
「……クロードさん。私は禁厭の魔女としてサイさんから依頼を受けました。ですので、関係のないクロードさんはお帰りになって大丈夫ですよ」
私はにこりと笑みを浮かべて言う。これも見習い魔女の修行です。これぐらいのことで、役目を放り出すなどありえませんわ。
私は再び横に構えた鈍器に腰を下ろしてふわりと浮き上がりました。
「人の感覚ではきっとわからないでしょうが、この森はそれほど危険ではないのです」
まだ、人の出入りが可能が森です。私の知識にはこの森よりも危険な場所はいくつも存在しています。
「ですが、クロードさんは人ですからね。無理をしてついてくる必要などないのですから」
「俺のことではなくて、シルヴィアの心配を……」
魔女である私の心配ですか?
確かに戦闘向きではないですが、魔女という者はそれを知識でカバーしているのです。
「ふふふ。それ、サイさんに聞いてみてください」
「サイザエディーロ殿にか?」
「ええ、幻惑の魔女と長年の付き合いもありますし、本物の魔女もご存知のようですからね」
きっと魔女である私の言葉では納得しないのでしょう。
同じ人であるサイさんから聞いた方がクロードさんにとってはいいと思うのです。
「それから、所詮契約の婚姻ですからね。私に合わせる必要など、これっぽっちもないのですから」
ふと、そのときサイさんの言葉が脳裏をよぎりました。
『魔女さんや。魔女は魔女であるが故に、三百年は人の世界で暮らしているのじゃ。ならば、三百年は人として暮らしてよいではないのかのぅ』




