第25話 逃げる魔物
「シルヴィア。その魔物避け、効果が無いようだぞ」
深淵の森『ヴァングルフ』の深部。昼間であっても、太陽の光が差し込まないほど鬱蒼と木々が茂る森です。
しかし、今はもう夕暮れ時。太陽の光など当てにならないほど暗く、魔除けでともしているカンテラの光だけが頼りになっています。
そんな中、森の奥から止めどなく魔物が押し寄せてきているのです。
「クロードさん。たぶん魔除けの効果がないわけではないですよ」
私達は一時避難として、木の上で魔物の集団をやり過ごしています。
私はカンテラの火を掲げた鈍器に腰掛けて、宙に浮いていました。クロードさんは頑丈そうな木に登って、地面を駆けている魔物に危機感を抱いていました。
「このままいくと、この魔物の集団が町を襲わないか?」
「そうですわね。でも、私がどうこうできる数ではありませんわ」
私は戦う魔女ではありませんので、止めどなく地面を駆けている魔物に対処できませんわ。
「一応、決められた緊急事態の警告光を空に打ち上げましたので、町の人たちが対処するでしょう」
「ああ、あれか」
深淵の森『ヴァングルフ』の恩恵を受けて発展してきた『エルヴァーター』では、避けられないことだと、説明されたことがあります。
一年に一度は森のどこかで異常が見られるので、それを発見次第、町の方に警告光を打ち上げるようにと言われました。
魔法が苦手な人用に専用の魔道具があるほどです。
「それで、私は先に行っていいですか?」
私はこのまま飛んで奥地に行けるので、クロードさんを置いていっていいかと確認します。
駄目だと言われても行きますけどね。
「ちょっと待て、何か来る!」
クロードさんが暗くて目視が困難な森の中を見ながら言ってきました。
それは、予想済です。
私達に目もくれず一目散に逃げているような魔物の大群が眼下にいるのですから。
ただ、何から逃げているのかが問題なのです。
こういうのは本職の冒険者に任せたほうが無難です。
しかし、森の奥の方から木々をなぎ倒しながら近づいてくる音が聞こえてくるのも事実。思っていた以上に速くこちらに近づいてきています。
そう、問題は木々をなぎ倒しているということ。ということは元々森を住処にしている魔物ではなく、奥地にいる魔物が浅瀬まで来ていると思われるのです。
奥地にいる魔物に対処できる冒険者は限られており、ひとつはバルトさんのチームになるのですが、昨日の今日なので対応は難しいでしょう。
あと二チームいるのですが、同じく対応が難しい状況なのです。
このまま町への道を通すと、冒険者たちだけでは対処できない可能性があります。
「クロードさん。何がくるかわかりませんが、近づいてくるモノだけでも倒せますか?」
援護ぐらいはしましょう。
「任せろ!」
そう言ってクロードさんは腰に佩いている剣を抜きました。そしてその剣は形を変え大剣と思われるものに変化しました。
やはり、魔剣の部類ですか。
「しかし、やはり装備をつけてくるんだった」
そのことは、私が急いで家を出たためと言えます。私はクロードさんを置いて行くつもりでしたけど。
「『防御結界』」
クロードさんに向けて魔法をかけます。すると一瞬クロードさんの前に緑色の魔法陣が浮かび上がり、空間に霧散しました。
「ドラゴンのブレス程度なら全方向で防御できます」
「シルヴィア。ありがとう。……一つ疑問なのだが」
「何でしょう?」
「ドラゴンのブレス以上の攻撃なんて存在するのか?」
私はクロードさんの言葉に首を傾げます。ドラゴンってそこまで強くないですわよね。
私の鈍器で倒せるぐらいですもの。
「ドラゴンの例えは普通のがつきますよ。クロードさんが対峙した異界の勇者のドラゴンのことではありません」
「あ……いや、あれは別格だとわかっている」
「はい。ですから普通のドラゴンのブレスなら防げますが、ドラゴンから物理攻撃されると壊れます」
ドラゴンの脅威は広範囲攻撃で高温のブレスです。ですから、物理攻撃された場合は防御してくださいという結界です。
「……まぁ、大丈夫だろう」
そんなことを話していると、眼下を一定方向に駆けていた魔物の集団はとぎれとぎれになり、目の前の木々を押し倒して問題の魔物が現れました。
「また物体Xですの!」
なんと! 深い闇をまとった森から更に黒い物体が出てきました。二日続けてなんて流石におかしいでしょう!
「ヴァンウルフだな」
そしてクロードさんは、問題の魔物を認識していました。
ヴァンウルフ。それは四つ足で立った姿でも三メートルは超える巨大な狼型の魔物の一種です。
巨大ながらも足は早く獲物を追い詰め、敵を串刺しにする鋭い角が額から生える魔物です。
通常はグエンデラ平原に住まう魔物。
これはグエンデラ平原になにか異変が起こっていると思ってよさそうですわね。




