第24話 魔女の本質を理解してくださいね
「ということは、サイさんもこちらでお住まいだったのですか?」
「ん? わしは旧開拓地に住処を構えておったからのぅ」
旧開拓地ということは、中央区に住んでいたということですか。あ……でも、サイさんがどこに住んでいるのか知りませんので、きっと今も中央区にお住まいなのでしょう。
魔女が人として暮らすという話はスルーします。魔女はどこにいても魔女ですから。
「それでのぅ。マリーアンヌが今回押し付ける報酬として、これを提示してきたんじゃ」
そう言ってサイさんは、手のひらぐらいの大きさの瓶をカウンターの上に置きました。
中にはキラキラと光を反射する透明な液体が入っています。
これはまさか!
「精霊水!」
「そうじゃ。水の精霊から得たものであるから、使い勝手が良いだろうとも言っておったのぅ」
私では中々手に入れることができない精霊水。
採取する方法は様々ですが、一番いいのは精霊と友好関係を築くことです。
「あの? どうやって手に入れたのかお聞きしても?」
私としましては高難易度の入手方法が知りたいです。
「確か、目をつけた水の精霊の周りに、迷いの霧を発生させて帰れなくして泣かせたと言っておったのぅ」
非道な入手方法でした。
そうですか、水の精霊を泣かせたのですか。
しかし、これで万能薬が作れるというものです。大抵のことは万能薬があれば解決できますから。
「それでは、そろそろ帰るかのぅ」
今日はこれだけを言うために来られたのでしょう。
「そやつが泊まっておる場所じゃ。中央区じゃが、これを見せれば通れるようになっておる」
そして一枚の紙もカウンターに置かれました。群青色で描かれた幻惑の魔女の紋です。
あ、もうひとつ聞きたいことがありました。
「あの……マリアンヌ様というのは、どういう立場の方なのですか?」
敢えて幻惑の魔女のマリーアンヌではなく、中央区で呼ばれているマリアンヌという名で尋ねてみました。
「今の領主の大叔母であるな」
これ早々に挨拶に行くべき相手だったかもしれません。
現領主の祖父に当たる人の兄妹ということですわよね?
やはり、今晩あの招待状を開けることにしましょう。
そしていつも通り、サイさんに腰痛の薬を渡して、雨の中帰っていくサイさんを見送ったのでした。
さて、ゆっくりしている場合ではありません。
空間から外套を取り出して羽織ります。そして、放心状態のクロードさんに声をかけました。
「クロードさん。私はちょっと出かけてきますので、留守番をお願いしますね」
もう昼を過ぎてしまっているので、あまり時間がありません。
「え? どこに行くんだ?」
あら? 復活したのですか? 聞こえていないだろうと思いましたが、念の為声をかけただけですのに。
「薬草を採りにです」
「雨なのにか?」
「サイさんからの緊急依頼の品を作るのに時間がかかりますので」
そう言って私は店から雨の降る外に出ていきます。
「ちょっと待ってくれ、どこに行くのかは知らないが俺も行こう」
クロードさんは慌てて外套を羽織って、重そうな剣だけを持って外に出てきました。
ついてくるのはいいのですが、文句は聞きませんわよ。
そう、私は心の中で呟いたのでした。
「深淵の森にくるなんて聞いてないが?」
だから文句は聞きませんわよ。
「言っていませんから」
「聞いていたら装備を整えて来ていた」
「ええ、だから言っていませんから」
深淵の森の入口になる西の門に来たクロードさんの言葉です。
「行き先ぐらい言っても良かっただろう」
「聞かれませんでしたので」
「むっ……確かに聞かなかった」
雨で視界が悪い中、私は鈍器に魔物避けのカンテラを吊り下げて、森の中を進んで行きます。
「あと、日暮れまでに戻れないかもしれません」
「それは先に言うべきだ!引き返そう!」
そう言って私の腕を掴むクロードさん。だから、あの放心状態からついてくるとは思っていませんでしたもの。
「日暮れ後の森を徘徊する魔物は、昼間より強くなりますので、気を付けてくださいね」
「進もうとするな! 日を改めるべきだ」
私は足を止め、引き止めるクロードさんを見上げます。
「クロードさん。私は禁厭の魔女です。魔女に道理を説くのであれば、魔女の本質を理解した上で言ってください」
クロードさんの危険だという言葉は、一般的なことであり、依頼を受けた魔女の行動を阻害する理由にはなりません。
「はぁ、夜は魔の時間です。魔女である私の力も満ちていくのです。夜が危険だというのは、引き返す理由にはなりません」
「むっ……そうなるのか。そういうことは、習っていなかったな」
「理解してくださって良かったですわ」
「すまなかった。俺の行動が間違っているようなら、そう指摘してほしい。俺達は夫婦なのだからな」
「……契約のが、つきますわ」
そうして、更に雨の森の奥に進んでいくのでした。
第24話でした。読んでいただきましてありがとうございます。
魔女は人に非ず。そう思い込んでいるシルヴィアでした。




