第23話 サイさんからの依頼
「魔女さんや。昨日は大変だったのぅ」
雨の日でもお客さんは来てくれます。
腰痛持ちのサイさんは散歩がてら、『魔女の薬屋』に足を運んで、世間話をしてくれます。
「そうですわね。まさかバジリスクがレバーラの湿原に現れるなんて思いませんもの」
「それもそうなんじゃが……聖騎士の旦那はどうしたのじゃ?」
雨の日は、冒険者稼業をお休みにする人が多いので、来客が少ない日はサイさんにカウンターでお茶を出しているのです。
そのカウンターの席に腰を下ろしたサイさんは四人がけのテーブルを見て聞いてきました。
「あれですか? 多分、歓喜に打ち震えているのではないのですか?」
視線の先には、考える人という題名でもつければいい感じで固まっているクロードさんの姿があります。
例のドラゴンの肉を食べ終わってから、小一時間ぐらいあの姿で固まっているのです。
「あれは歓喜なのかのぅ? どちらかと言えば絶望しているように見えるのじゃが?」
「さぁ? 私が焼いたお肉を、嬉しそうに食べていましたよ」
はじめから、金貨一枚分の量しか焼かないと言っていましたわよ。だって、クロードさんはお肉を食べる量が半端ないですよね?
私が保管しているドラゴンの肉なんて一食で無くなってしまうと思うのです。
途中まではドラゴンの肉の美味しさに感動していたので、私が言った言葉には間違いはないと思うのです。
でも、一瞬で食べ終わってしまって、サイさんの言うとおり絶望しているのかもしれません。
「まぁ、魔女さんの料理は美味しいからのぅ」
私が料理を作ると簡単なバフがついてしまいますので、あまり人にはお勧めできませんが。
因みに焼いたドラゴンの肉を食べると、攻撃力上昇の効果があります。
だから今のクロードさんの攻撃力は跳ね上がっていることでしょう。鑑定までして確認しようとは思いませんけどね。
「今日は魔女さんにお願いがあってきたんじゃ」
あら? サイさんが私にお願いを? 珍しいですわね。
「如何されたのですか?」
「魔力不全という病を知っておるかのぅ」
魔力不全ですか。
生き物には必ず魔力を持って生きています。それは世界に満ちている魔素から自身を守るためにあると言われています。
しかし時々自分自身で魔力を作れない子供が生まれてくることがあるのです。
魔力造成器官の障害です。魔力が持てず世界の魔素の影響を受けて、ほぼ赤子のときに死んでしまいます。
もしかして、その赤子を助けろということでしょうか? それは禁厭の魔女の役目ではありませんわね。
変革の魔女の役目でしょう。
生まれつき魔力が生成できない身体に、いくら薬を与えても根本的な解決にはなりません。
「知っておりますが、生まれつきの病は私には治せませんわ」
そう、あのエルフ族の少女のように、種族的にスレンダーな方が多いにも関わらず、豊満な身体になりたいというのは無理なのです。できて時間の操作による成長促進です。
元々持っていないモノは与えられませんから。
私にできるのは、その人のあるべき姿に戻すことです。
「ふむ。それはマリーアンヌから聞いておる」
あら? ということは『幻惑の魔女』絡みの話のですか?
「そやつの場合は魔力の使いすぎによるものじゃ」
「ああ、身体に負荷をかけすぎた故に魔力造成器官が壊れたのですね」
それであれば、私の役目でしょう。しかし、『幻惑の魔女』絡みとは……もしかして……
「魔女の招待状は、このお話のことなのですか?」
昨日、サイさんから手渡された群青色の招待状です。
するとサイさんは首を横に振って否定しました。
「いいや、それとは別件じゃ。今日話を持ってきたのが、其奴が『エルヴァーター』に到着したと連絡を受けたためじゃな」
「え? 遠くからわざわざ来られたのですか?」
「魔女という存在にすがりついてでも、生きながらえたいのじゃろう」
何かトゲのある言い方をされました。おそらくその方は、魔女を嫌っているということなのでしょう。
「フォッフォッフォッ……マリーアンヌに泣きついてきたぐらいじゃからのぅ」
サイさん。もしかして、何か怒っていらっしゃいます? いつもの笑い方なのに、何か怖いですわ。
「あの? 気になったことをお聞きしてもよろしいですか?」
「わしに答えられると良いがのぅ。なんであるか?」
「サイさんは『幻惑の魔女』と親しいようなので、お答えは持っていると思います。あの……今もこの町に『幻惑の魔女』が住んでいるのですか?」
私が住んでいるところに、その昔『幻惑の魔女』が住んでいたと聞いたので、てっきりこの街にはもういないと思っていました。
それに魔女同士は近くにいると互いのことを認識できます。ええ、私達は『アランカヴァル』の意志を受継ぐ者ですから。
「住んではおらぬが、夫婦であるからのぅ。それなりに連絡はとっておる」
「え?」
サイさんは『幻惑の魔女』と夫婦でした! これは衝撃的な事実。
サイさんには魔女の力の痕跡は見当たりませんので、本当に夫婦だということになります。
「魔女ですよ?」
「昔は色々言われたのぅ」
「お知り合いと言っていましたよね?」
「嘘は言っておらぬ」
う……嘘ではありませんわね。幻惑の魔女を知っている。それは妻だけどという注釈付きで。
「魔女さんや。魔女は魔女であるが故に、三百年は人の世界で暮らしているのじゃ。ならば、三百年は人として暮らしてよいではないのかのぅ」
それは本物の魔女を目にしたことがある者の言葉でした。




