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魔女との契約婚で離縁すると、どうなるかご存知?【電子書籍化・コミカライズ進行中】  作者: 白雲八鈴


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第1話 魔女の契約婚は解除されました

「これにサインをしろ」

「今、おっしゃるのですか?」


 喪服を着た夫が提示してきたのは、離婚届の書類でした。


「今日はお義父様の葬儀が終わったばかり、このような……」

「もう! うんざりなんだよ!」


 机に手を打ちつける夫の隣には、大きなお腹を抱えた女性がいます。


「子供の時から思っていた、お前のような辛気臭い女が俺の妻など嫌だったのだ!」


 結局何もわかっておられなかったということですか。


「父が死んだ今、俺が当主でファインバール伯爵だ!」


 国王陛下から拝命して初めて名乗れるのですが、そこはわかっておいででしょうか?


「お前のような者が妻だと、三年間もよく我慢したものだと、俺でも思う」


 ほとんど顔を合わせることなんてありませんでしたのに、煩わしいことを全部私に押し付けてよく言いますわね。


 亡くなったお義父様が次期当主のための仕事をお渡しになったときも、そのまま私に横流ししてきましたよね?

 今、領地のことを采配しているのは誰だと思っているのです?


 伯爵夫人を名乗るならこれぐらいできると言われ、全て私が受け持っているのですよ?


「ファインバール伯爵夫人を名乗るのは、俺の愛するメリッサだ!さっさと、この離婚届にサインをしろ!」


 そのように言う夫の横には、金髪の青い目が印象的なお腹の大きな女性がいます。

 ええ、貴方がその娼婦に入れ込んでいたことは存じていましたよ。


 愛人という立場でしたので、何も言いませんでしたが、娼婦が伯爵夫人を名乗るなど、貴族社会で何を言われることか……いいえ、もう私には関係ないことですね。


「そうですか。わかりました」


 そう言って私は書類にサインをします。


「一つご忠告を……」

「うるさい! お前などさっさと出ていけ! そんな気味が悪いアザがある顔など二度と見たくない!」


 夫は……いいえ、元夫はそう叫んで、書類を持って私の執務室を出ていきました。


 顔のアザ。


 私は黒いベールの下にある右頬を撫でます。私の右半分の顔には大きなアザがあります。


 何かの紋様に見えなくもない赤いアザ。

 幼い頃には無かったアザ。

 それを私は受け入れていました。


「はぁ、片付けないといけない書類が山のようにありますのに出ていけなど、どれほど身勝手なことかわかっていないのですね」


 私は愚痴を言いながらパチンと右手の指を弾きます。


 すると、積み上がった書類にペンが走り、文字を書き込んでいきました。不要な書類は廃棄スペースに、引き継ぎに必要な書類はひとまとめに、この先三年間分の計画事業を順番通りに。

 全てが私が手を出さなくても書類が勝手に移動していきます。


「スウェン」

「はい。シルヴィア様」


 側に控えていたファインバール伯爵家の執事に声をかけました。


「魔女の契約婚は解除されました。その意味はわかっていますよね?」

「はい、存じております」


 壮齢の執事は、ことの重大さに理解を示してくれました。


「伯爵様から、もしそのようなことが起こった場合の指示は承っております」


 そうですか。お義父様も夫の態度から懸念はされていたようです。


 私は立ち上がり喪に服する黒いベールを取り外しました。


「必要になる物はここに出しているわ」

「はい」

「これがファインバール伯爵を名乗るのに必要な指輪よ。スウェンに預けるわ」


 体調を崩されたお義父様から預かっていた、ファインバール伯爵家の家紋が刻まれた指輪をスウェンに手渡します。それをうやうやしく受け取るスウェン。


「お預かりいたします」


 これで、次のファインバール伯爵になる者の手に渡ることでしょう。


「ほころびは直ぐには現れないわ。だけど、このアザが消えていく頃には、問題が現れてくるでしょう」


 私は右頬にある赤いアザを指して言います。


「承知いたしました。魔女との契約反故は恐ろしいものだとお聞きしております」

「そうね。契約期間が長かったわね」

「私どもも伯爵様の命に準じる所存であります。今までファインバール伯爵家のためにお力を使っていただきありがとうございました。それでは失礼いたします」

「もう、会うこともないわね。こちらこそ、今までありがとう」


 慌てて去っていくスウェンに感謝の言葉を述べ、私の執務室には誰もいなくなりました。


「はぁ〜。ファインバール伯爵領の人たちには申し訳ないけど、やっと解放された!」


 伯爵家の者として気取らなくていいとは素晴らしいです。


 さて、元夫であるロイド・ファインバールはどのような結末を迎えることでしょうね。

 まぁ、もう関わることはないので、私が知ることもないでしょう。


 シルヴィア・ファインバールを示すものは、全てここに置いて行きます。

 何があっても私を頼ろうとは思わないように。


 左指をパチンと鳴らし、シルヴィア・ファインバールの私物は全て燃やします。ええ、だってここには私の大切な物なんて一つもありませんもの。


 後始末を終えた私は、ファインバール伯爵家から姿を消したのでした。







 魔女は生まれながら魔女である。


 それは世界の理。


 私はとある子爵家に生まれた。兄が三人、姉が二人、生まれた瞬間に見た光景がこれだった。

 似たような容姿に黒い髪で榛色の瞳。彼らが兄妹だとひと目でわかります。


「幸せそうな家族ね」


 赤子である私がそう喋った。

 年上の兄二人は変な顔をした。

 姉二人と一番下の兄は喜んだ。

 父と思われる男の目には恐怖の色が滲んだ。

 私を産んだ母は「我が家に魔女が産まれたわ」と喜んだ。


 その光景を見た瞬間、喋らなければよかったと後悔したのです。



 それから、父は母を侮蔑するような視線を向けることが多くなりました。

 母は私に魔女の昔話を話すようになった。

 うん。その話は知っている。だけど、ちょっと結末が違う。


 私の中には当たり前のように知識があり、真実を知っている。だけど、言葉にはしなかった。


 だって見てしまったから。父が母に向けて呪いを発していることに。

 人は毒を吐く。それは言葉と共に毒を吐くのだ。それを人が吸うとどうなるか。


 身体が不調を訴えてくる。だけど医者に診せても異常はない健康だと言われる。

 それが呪い。


 人の恐ろしいところは、その呪いを無意識に発していること。自分が誰かを呪っているだなんて思いもしていない。


 そして母が倒れた。医者に診せれば、過労だろうと言われて休むように言われる。


 だけど貴族と言っても子爵家。使用人なんて三人ほど。そして六人の子供がいる。

 母は休むことなんてしなかった。


 このままでは母が死んでしまう。そう思った私は、母の呪いを引き受けた。

 すると腕に小さなアザが浮き出る。


 これが魔女の契約痕。

 魔女は呪いに耐性がある。だから、相手の呪いを引き取ることができる。それは契約痕を通じてだ。


 それから母は元気を取り戻す。

 母は少し疲れていただけだったのねと笑っていた。


 私が三歳になった頃、父が家に殆ど帰ってこなくなった。

 どうも愛人のところに居座っているらしいと使用人のコックが話しているのを、聞いてしまう。

 私と散歩中の母が。


 今度は母が毒を発するようになった。

 愛人の居場所をつきとめ、父を連れ帰ってきた母。


 そして母は家を出ていった。家中に毒をばらまいて。

 だから、私は契約痕を解除した。もう、私の母でなくなったのなら、守る必要がないからだ。


 一年後に母が死んだと父の元に連絡がきた。そう、母は離婚に応じることがなく姿を消したので、身分は子爵夫人のままだったのだ。


 多分愛人の女に、名実共に父の隣に立つことを許さなかったのだろう。まぁ、これは母から聞いたわけではないので、私の勝手な思い込みだ。


 私が5歳になったころ、父と愛人が死んだ。母が残していった毒によって。


 そのあと爵位をついだのは一番上の兄だった。


「お前が生まれてから、悪いことばかり続く」


 18歳になる兄に言われた言葉だ。


「父が言うには、母は魔女の家系だったらしい。その母からお前が生まれた。さっさと殺しておけばよかったのだ」


 毒を吐き、怒りと共に剣を抜く兄。私はそれをただ見ている。

 母が魔女の家系だろうことは知っていた。そう、知っているのだ。

 父は金髪に空のような青い瞳の色を持っていたが、子供は誰一人父の色を持っていなかった。

 六人の兄妹が全て、母の黒髪に榛色の瞳を受け継ぎ、私だけが金色の目をしていた。


 魔女の血は血族に受け継がれる。


 だからこそ、魔女は生まれながら魔女である。



 頭上から振るわれた兄の剣は私から逸れ、床を叩きつけた。


 心臓を突こうとした剣は兄の手から飛んでいく。


 私の首を切ろうとした剣は私の首元で止まった。


「なんだ! お前は!」


 恐怖の色が混じる兄の目を見ながら答える。


「魔女だと、兄は言ったよ」

「うるさい!」


 何度も剣を叩きつけ弾き返されている兄に、ため息がでます。

 諦めるということを知らないのでしょうか?


 その剣を右手で私は受け止めました。


「なっ!」

「自分の身を守る結界ぐらい魔女なら張れるよ?」


 わかっていないのだろうと、説明をしてあげます。いくら結界に剣を叩きつけても、兄如きの剣では打ち破ることなどできないと。


「わかっている? 兄にも魔女の血は流れているよ?」


 すると、兄は力なく剣を手放した。

 その瞳には絶望の色が浮かんでいる。


 母が話してくれた魔女の話は全ていい魔女の話でした。しかし世間一般的に噂になるのは悪い魔女の話が多く、兄もそのような話を耳にしたのでしょう。


「俺も厄災を振り撒く者なのか」


 ん? 何を言っているのでしょう?


「魔女は厄災を振り撒く者だろう。もしかして自分は違うと言いたいのか」

「違う。そもそも魔女から何かを引き起こすことはない。何かを引き起こすのはいつも人の方。無自覚な悪が一番恐ろしい。人は人を呪っているって知っている?」


 魔女は魔女の理の中で生きている。だから、魔女自らが厄災をばらまくなんてことはしない。きっかけはいつも人だ。

 そして、私は兄に人の吐く毒の話をしたのだった。




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― 新着の感想 ―
母親は魔女の因子を持つだけで魔女ではなく、きょうだいの中でヒロイン一人だけがその因子を発現させたってことでいいのかな? 呪い始めたのも子供を捨てた(=愛人を作った)のも父が先なのに 母が先に罰を受ける…
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