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第2話 魔女は小さくても魔女だ

「ここにいらっしゃるのは、ロイド・ファインバール伯爵子息様だ。挨拶をしろ」


 七歳のとき突然王都に連れて行かれました。そしてたどり着いたのは一軒の大きなお屋敷。子爵家とは比べ物にならないぐらい大きなお屋敷。


「シルヴィア・ファンベルです。ファンベル子爵の妹にあたります」


 私が挨拶をしたのは豪華なベッドに寝かされた黒い物体でした。私の目にはもはや黒い物体にしか見えません。形すら認識できません。


「こんな小さな子が魔女なの?」


 やせ細った御婦人が不安そうな声を上げます。この部屋に入る前に、ファインバール伯爵夫人と紹介された方です。


「本当にこの子は死ななくていいのよね?」


 私に聞かれても、私は兄から何も説明はされていません。


「ファインバール伯爵夫人。夫人の家系のことを妹のシルヴィアに説明していただけますか?」


 ああ、直接夫人から話を聞けということね。


「ディレイニー伯爵家は女系の血族なの。男児は生まれても必ず十歳まで生きられないの。だけど、この子はファインバール伯爵家の跡取りなのよ! そんなことで死ぬなんて……」


 ああ、ディレイニー家ね。これは厄介なことね。あの家は一度魔女を怒らせたことで、制裁を受けているの。


 もう五百年も前の話だけど、その魔女はまだ生きている。だから、私が制裁を解くことは、魔女同士の争いごとに発展するから駄目なのよね。

 そうすると、契約痕で私自身が引き受ければいいのだけど、この真っ黒さは簡単にどうこうできるものではないわ。


「一つ提案があります。できれば、ファインバール伯爵を交えて、お話をしたいです」


 私はそう切り出しました。





「ディレイニー伯爵家は五百年前にとある女性の禁忌に触れて、制裁をうけています。それは子々孫々受け継がれるものです」


 私はファインバール伯爵を交えて、話を始めました。


「そんな話は聞いたことないわよ」


 言えるはずないわよね。魔女の恋人を殺して、悲しんでいる魔女に近づいて、いいように扱おうとしていたなんて。


 魔女にそのような愚策は通じないとは思わなかったのでしょう。本当に愚かな男。

 まぁ、その魔女の恋人が魔女の恩恵を受けているように見えたのでしょうね。


「魔女は小さくても魔女だ。黙って話を聞きなさい」


 夫人を諌めるファインバール伯爵。伯爵は良識のある人のようです。私に頼るのはあまりよくないと思っているのが雰囲気から受け取れました。


「私であれば、御子息にかかっている制裁を身代わりでうけることはできます」

「だったら今直ぐにやりなさい! あの子が可哀想でしょ!」


 ……引き受ける私は可哀想ではないのですか?


「黙りなさい。相手は魔女だとわかっているのか?」


 夫人を再度諌める伯爵。兄に話を持ってきたのは夫人のほうですか。伯爵は魔女を危険視しているようです。


「御子息に掛かっている呪いはとても強力です。一度引き受けたとしても、直ぐに御子息の方に戻ってしまうでしょう」

「ではどうしようと言うのかね?」

「魔女の契約婚です。魔女が行う契約婚は強固であり、御子息の呪いは契約婚を解除しないかぎり、御子息に現れることはないでしょう」


 契約痕はただの印のみの媒介になりますが、契約婚は夫婦という絆を強制的に作ることで、契約を強固なものにするのです。


「魔女をファインバール伯爵家は受け入れる気はありますか?」

「あるから、直ぐに行いなさい!」

「黙れと言っているだろう!」


 勝手にことを進めようとする夫人を叱咤する伯爵。おそらく先祖の方も、このように自己中心的な考えをお持ちだったのでしょうね。


 この性格が御子息に引き継がれないことを祈っていますわ。


「それはロイドの妻になりたいということか?」

「違います」


 そこはきっぱりと否定します。はっきり言って私が契約婚までする必要など、これっぽちもないのです。


 しかし私の所為で家族が崩壊したと思っている兄には、良い話でしょう。さっきから隣でソワソワしていますからね。


「表向きは確かに私が妻という立場となるでしょう。しかしファインバール伯爵子息様に好きな方ができたとなれば、その方を愛人としていただいて結構です。」


 別に真っ黒い人の妻になりたくはありません。好きな方ができれば、その方と一緒になってもらって構いません。


「大事なのは、魔女の私を結婚という契約で縛り、絆を強めることです。まぁ互いに幼いですので婚約という契約を結び、定期的にこちらに足を運んでいいという許可をいただければ、私が呪いを引き受けます」


 魔女の制裁は普通ではありません。これぐらいしなければ、ファインバール伯爵子息は1年待たずに死ぬことになるでしょう。


「わかった。魔女と契約をしよう」

「ああ、これでロイドは以前のように元気になれるわ」


 そうして契約(婚約)により、私の右顔面に魔女の制裁の紋様が浮かび上がったのでした。


 出現する紋様の色と場所と大きさは、その呪いの強さと相手の想いに比例する。赤い色とは、その魔女の怒りが凄まじかったという事を意味し、呪いの強さが一番目につきやすい顔面に現れ、500年という年月の蓄積が大きさに現れたのです。


 元通りの生活をするようになったロイド・ファインバールに最初に会った時に『こんな気味が悪いヤツが俺の婚約者だと!』と言われたのでした。






 そんな元夫と別れて1年が経とうとする頃には、顔のアザも薄れてきました。きっと今頃は魔女の制裁に発狂していることでしょう。

 いいえ、まだ完全には解除されていないので、体調が悪くなってきたというぐらいでしょうか?


 そして私と言えば、辺境の地にいました。


 辺境の地はいいですわ。ワケありの者たちが流れ着くので、人の事情を聞き出そうだなんて者が居なくて。


 辺境都市『エルヴァーター』。ここは深淵の森『ヴァングルフ』に隣接し、深淵の森の獲物で生計を立てようとする荒くれ者が多い町です。


 その町の一角で一軒家を購入し、私はそこで暮らしていました。魔女として。


 家の購入資金はファインバール伯爵様が、この未来を予見してか『契約婚報酬』などと言うお金を毎月、私にくださっていたので、余裕で購入する事ができたのです。


 できる男は違いますわね。


「魔女さんや。腰が痛くてのぅ」

「よう! 魔女さん。疲労回復の薬を売ってくれ」

「彼が最近素っ気なくて、もしかして、他に女ができたんじゃないかと……」


 という感じで何でも屋をしております。

 路地の奥まったところに家を構えているので、客なんて来ないと思っていましたのに。


 そう。大通りから外れた薄暗い路地の突き当たりに『魔女の薬屋』という怪しげな看板を掲げた家の扉をノックする勇気は無いと思っていました。

 店主の魔女の顔には怪しい紋様が浮かんでいるのによく購入しようと思ったものです。


 さて、今日も店を開けましょうか。


「お! おはようさん。魔女のねーちゃん」


 店の看板を「開店」にするために扉を開ければ、出待ちをされていました。


「わりーけど、傷薬を売ってくれないか? 昨日、買い忘れちまったんだよ」


 ガタイのいい男は深淵の森で魔物を狩って生計を立てている者です。


「5つで良いかしら?」

「おう!」

「どうぞ」


 傷薬を渡し、代金を受け取る。この者は店ができた当初から来てくれているので、慣れたものです。


「やっぱり、魔女のねーちゃんの傷薬じゃねーと不安でな」

「気に入ってもらえて嬉しいわ」

「そういや、昨日からこの辺で見かけない貴族っぽいヤツがウロウロしているから気をつけろよ」


 私にそう告げて店を後にしました。

 貴族っぽいヤツですか……。


「魔女さんや。孫がくれたんじゃが一緒に食べんかのぅ」

「あら? サイさん。今日は早いですね」


 腰痛持ちのご老人も、常連客です。

 店の外で受け渡ししていたので、そのままサイさんを店の中に招き入れます。

 おそらく、本当の名はもっと長いのでしょうが、皆さんからサイ爺と呼ばれていますね。


 お孫さんがパン屋で働いているので、残り物を時々分けていただくのです。その時は朝の早い時間に来られることが多いですね。


 パンを受け取った私は固くなったパンを薄く切り、少し炙ってから焼いたベーコンと卵と洗って千切った葉物野菜を挟み、一口で食べれるように切り分けます。

 そして身体が温まるお茶を用意しました。


「フォッフォッフォッ。魔女さんの薬もよく効くし、ご飯も美味しいからのぅ。今日は朝食は抜いて来たんじゃ」

「ご飯は食べてから来てください」


 サイさんがここで長話をするようになってから、設置している四人かけのテーブルに2人分のサンドイッチとお茶を置きました。


「さっきもバルトが言っておったがのぅ」


 席についた私にサイさんが私に話しかけました。さっきの話ですか?


「どうも呪いを解いてくれる者を探しているらしいのじゃ」


 その言葉に私は固まってしまいました。まさか元夫のロイドが私を探しているのですか?


 しかし、もし私に助けを求めてきても、私は何もしませんわよ。貴方から縁を切ったのですからね。


「その感じじゃと教えない方が良さそうじゃのぅ」

「そうしていただけると助かりますわ」

「ならこの件は終いじゃ。ひ孫のレイリアがのぅ!」


 サイさんはその話は終わったと言わんばかりに、ひ孫の話をしだしました。

 おそらく私の店に人が出入りするようになったのは、下町の顔役であるサイさんのお陰なのでしょう。


 荒くれ者が住み着いているわりには治安がいいのは、こうやって人々の関係を調整してくれているサイさんがいてくれるからだと、ここに住んで思いました。


 普通ならば怪しい魔女の住処に足を踏み入れようとはしないでしょうから。


 ここは辺境の地。訳ありの者たちがたどり着く町なのです。




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