第15話 魔女の存在意義
「魔剣士?」
「フォッフォッフォッ……そんなものは昔の話じゃ。今はただのジジイじゃよ」
御本人はただのジジイと言っていますが、それなりに人々から認められないと、下町の顔役なんて無理でしょう。
そう言えば、誰もサイさんが名のしれた魔剣士とは教えてくださいませんでしたわね。と言うことは、知っていて当たり前のことだった可能性が……。
やはり早急に色々な知識を集める必要がありそうですわ。
「ときに魔女さん」
「なんでしょう?」
「かなり強力な契約を結んだようじゃが、良いのかのぅ?」
何が良いのかわからず首を傾げます。
「なんじゃ気づいておらんのか? そやつの目は野心にまみれた色をしておる。わしが、あの家を紹介した意味がなくなってはないかのぅ?」
野心にまみれた目ねぇ。知っているわ。
だけど、私はそれには手を貸さない。
「魔剣士サイザエディーロ殿の懸念は理解しておりますよ。魔女の力を私が使おうとしていると思っていらっしゃるのでしょう」
さっきから思っていましたが、クロードさん。それは聖騎士仕様ですか?
凄く丁寧な言葉遣い……あっ、でも公爵子息でしたら元々はこういう話し方だったのかもしれません。
「その心配には及びません。俺が復讐したいのは、俺を代えがきく者と扱った聖王だ。それは俺自身の手で行わなければならない」
クロードさんから怒りが感じられ、毒が吐かれます。
空気を入れ替えますね。
復讐。表面上は物体X化していてもなんともないと装っていたのでしょう。
しかし奥底に燻っている復讐心が、勇者の呪いから自我を保っていた理由になるのかもしれません。
ええ、普通は動けないと思いますもの。
「復讐は何も生み出しはせぬぞ……まぁ老兵が何を言っても、そういうのは聞く耳を持たぬじゃろうな。じゃから、魔女さんは何も言わずに契約したのかのぅ」
「魔女は魔女の理の中で生きています。魔女の存在意義。サイさんは知っていらっしゃるのかと思っていましたが?」
「ふむ……調停者。善にも悪にも囚われない世界の調停者。アランカヴァルの意志を受け継ぐ者」
やはり、『幻惑の魔女』から聞いていらっしゃいましたか。
「はい。此の度の『異界の勇者討伐』は、世界に与える影響が大きかったと私は判断しました。おそらく、既に別の魔女が動いていると思います。しかし私は未熟者ですから、ここにいるのです」
私自身にはこの呪いを引き受けるメリットははっきり言ってありません。クロードさんは護衛と言っていますが……聖獣の縛りもそれなりの歳月をかければ解除できるでしょう。
ですが、この深い海底に沈み込みながら、全ての者に怨嗟の炎を燃やしている呪いはいただけません。
おそらく、これ程の呪いは呪われた者が死しても消え去ることはないでしょう。
ええ、例えば物体X化したクロードさんがあの場で死ねば、呪いはあたり一帯に広がっていき、人々を苦しめることになったでしょうね。
ちなみに元夫の呪いは血族の呪いですので、ディレイニー伯爵家の血に戻るだけです。被害は血族内で完結するので、問題はありません。それに相手は魔女ですので他の魔女は介入しないのです。
「それでかのぅ。招待状を預かったのじゃ」
サイさんはそう言って右手を掲げました。するとそこには今まで存在しなかった、一羽の黒い小鳥が止まっているではありませんか。
その黒い小鳥が私の元に飛んできて、一通の群青色の封筒に変化して落ちてきました。
魔女の招待状です。
「都合が良い時に開けてくれたらいいと伝言を受けておる」
「わかりました」
その封筒を掴み、亜空間収納にしまいました。『幻惑の魔女』からのお誘いですか。しかしこの感じからすれば、彼女もまだ修行の身のはず。ご要件は何でしょうかね?
「それで青虎の騎士殿は、これからいかがされるのかのぅ? 聖王国に戻られるのか?」
「シルヴィアの夫として、ここに住むことにした」
「フォッフォッフォッ。魔女の夫とはこれや如何に? 魔女は人ではないぞ」
魔女をどういう存在か知る者からすれば、滑稽な話でしょう。魔女は人に非ず、魔女の婚姻はただの縁。
「知っている。しかしこんなに可愛い魔女が一人でいるなんて心配じゃないか」
「え? 私は可愛くはありませんよ」
おかしなことを言うクロードさんの言葉を否定します。すると二人からなんとも言えない視線が返ってきました。
何です? その可哀想な子を見る視線は?
「はぁ、だっていつも睨まれているようだとか、気味が悪い顔だから二度と近づくなとか言われていますもの」
「そんなことを誰が言ったんだ?」
「フォッフォッフォッ。まだ若い魔女さんに酷い言葉を言ったのは誰じゃ?」
「兄とか元夫ですね。昔からですので、私は可愛くはありませんよ」
特に兄は、父と父の愛人が亡くなってから当たりが強くなりましたわね。
なんですか? 今度は哀れみですか?
魔女に生まれてしまったからには、周りの環境が悪くなることはありますから。
それに彼らは本当の魔女の姿を知らないのです。それぐらい可愛らしいものではないですか。
「シルヴィアは可愛い。猫のような愛嬌がある金色の目が好きだ」
「うぇ?」
「魔女の印の額の魔石はとても綺麗だ」
「あ……いえ……それは」
「お揃いの色の紋様なんて、俺の魔女だと見せつけるようでとても良い」
「は……恥ずかしい!!」
「シルヴィアの自覚がないのなら、俺が毎日言ってやる」
「それは止めて欲しいです……」
私の羞恥心が保ちそうにありません。
そして、身体がふわりと浮き上がりました。
何故にクロードさんに抱えられているのですか?
「魔剣士サイザエディーロ殿。シルヴィアへの用はそれだけか?」
「そうじゃなぁ」
「シルヴィア。今日はもう遅いから帰ろう」
あの……何故に私を抱えたまま歩き出してしまったのですか?
もしかして、このまま帰るとか言いませんわよね。
それは、町の人に変な噂をされそうなので下ろしてください!
私の願いは虚しく、そのまま家に帰り、長い一日が終わったのでした。




