第14話 サイさんの正体
「魔女のねーちゃん!無事だったのか!」
深淵の森から町に入ったところで、バルトさんが声をかけてきました。
あら? お仲間の人たちと戻っていったのではないのですか?
「まぁ、聖騎士様がついているのなら、大丈夫だったんだろうけど」
無傷の姿の私を見たバルトさんは引きつった笑顏を浮かべながら、一歩二歩と下がっていっています。
「それ……何を殴ったんだ?」
私が持っている木の棒を差しながら聞いてきました。
別にあれからは殴っていませんわよ。
木の棒の枝にカンテラを吊るして、魔物避けの香の蝋に火をともしているだけですわ。
私が首を傾げていますと、クロードさんの呆れた声が聞こえてきました。
「毒蛙の毒の採取に使っていたから、怪しい色になっているのだろう」
「うげっ! あんな痺れる毒をどうするんだ!」
まぁ、何に使うかなんて、いいではないですか。
元々は淡い緑色の魔石でしたが、今は毒々しい紫色の液体がこびりついています。
毒腺を押さえて絞り出すのに使っただけですので、何かをぶっ叩いてこびりついたものではありません。
「バルトさんはどうしてここに? お仲間の方の側にいなくて宜しいのですか?」
「シレッと今、スルーしただろう。まぁいい。サイ爺が魔女のねーちゃんを連れてこいって」
「あら? 珍しいこともありますわね」
いつもはサイさんの方からフラフラとお店に来られますのに。
私は木の枝とカンテラを亜空間にしまいます。そして、森の中に入っていたので、『清浄』の魔法を使って身を綺麗にします。気をつけていても泥が跳ねていたり、沼の水が掛かったりしていますから。
「それ何の魔法だ? 初めて見る。浄化じゃないよな?」
「ただの『清浄』ですよ。金貨一枚でやってあげますよ」
「一枚でいいのか?」
そう言いながら躊躇なく金貨を差し出すクロードさん。
しまった! 冗談でしたのに、金銭感覚がおかしいクロードさんは普通に出せてしまう金額でした。
「ぼったくりだ! 魔法一回に金貨一枚って! それも聖騎士様が普通に出しているし!」
バルトさんの言う通り、ぼったくりですわね。『清浄』なんて初級レベルの魔法ですもの。
まぁ、呪いを引き受けるのに金銭はもらっていないので、金貨一枚もらうぐらい問題ないでしょう。
ちなみにクロードさんが再び魔女の薬屋に来たときに渡された金貨千枚は丁重にお返ししました。
「なぁ、魔女さんは聖騎士の旦那から金をとるのか?」
金貨一枚を対価に『清浄』を行っていると、バルトさんが聞いてきました。
「契約結婚ですから、別に構わないでしょう? はっきり言って、クロードさんは私にもっと支払うべきなのです」
「だから、金貨千枚を渡そうとしたのに、受け取ってくれなかったじゃないか」
金貨千枚って何か違わなくありません? それよりも私に新しい知識を与えてくれる方が、価値がありますわ。
知識の更新は必要ですもの。
「……契約結婚……金貨千枚……なんか、俺……ついていけねぇ話だ……取り敢えず、サイ爺のところに案内するから付いてきてくれ」
何故か肩を落としながら背を向けて歩き出したバルトさん。
そうですわよね。流石に金貨千枚だなんて、常識を疑う金額ですわよね?
連れてこられたのは、一軒の大きな建物です。
この辺境都市『エルヴァーター』に定住しようかと思えば、一度は訪れることになる役場です。
辺境都市『エルヴァーター』は大きな町なので、役場が三箇所あります。
一つは、開拓時代からある中央区。
一つは、北側の素材の売買が盛んに行われる商業区。
一つは私が住んでいる南側です。主に、深淵の森から素材を採ってくる冒険者が多く住む地区になります。
その南地区をまとめているのがサイさんなのです。
「魔女さんや。これはこれは面白いことになっておるのぅ」
応接室に通され、長椅子に腰掛けたサイさんからの第一声です。
私の左頬と、私の背後霊のように突っ立っているクロードさんとの間で視線が行き来しています。
『幻惑の魔女』のお知り合いだけあって、私の青い紋様に何の意味が込められているか理解してくれたのでしょう。
「別に面白くはないですわ。サイさん。こちらは無職のクロード・ハイヴァザールさんです」
「ぐっ! なんだか凄く胸を抉られる紹介をされた」
そう言いながら、私の一歩前に出るクロードさん。
あら? 私はサイさんに扱き使ってもらっていいわよというアピールをしたのですわ。
私の店にずっといられるのは迷惑というものです。
「お初にお目にかかります。クロード・ハイヴァザールと申します。魔剣士サイザエディーロ殿。まさかこんな辺境の地でお会いすることができるとは、光栄の至りであります」
は? 魔剣士?
クロードさんから、何かとんでもない言葉が出てきましたわよ。




