第12話 鈍器だと言いましたわ
「何を言っているんだ? あれはバジリスクだろう」
バジリスク……クロードさんにはアレがバジリスクに見えているのですか?
バジリスクといえば、大きな蛇の魔物です。特徴的なのは頭上に赤い王冠のような角が生えていて、金色の瞳に睨まれると石化してしまうのです。
決して物体Xではありません。
「沼の上を滑るようにやってくるが、呪いを得るにはどうするのだ?」
ちょっと待ってください。私が欲しいのは石化の呪いです。他の呪いにまみれた物体Xは必要ありませんわ。
「倒してもらっていいわ。物体X化したバジリスクは使えないもの」
「物体Xがなにかわからないが、倒していいのだな?」
「ええ。いいですわ」
物体Xを視界に収めて一分にも満たない時間で、物体Xは目の前まで来てしまいました。
沼の上を移動しているように見えていましたが、黒い物体が背伸びするように上に伸びていきます。
上から威圧しているのか、石化をかけようとしているのか、私には全くわかりません。私の目にはただの黒い大きな物体にしか見えないのですから。
クロードさんが剣の柄に手を伸ばしたかと思うと、上に伸びていた黒い物体が二つに別れて落ちていきます。
それも辺りに耳障りな叫声を響かせながらです。
泥と水しぶきが黒い物体が落ちた衝撃によって跳ね上がりましたので、シレっと私の周りに結界を張って避けます。
「あら?」
水しぶきを上げて沼に沈んだ物体が、水面に顔を出しました。そのときには、深緑色の鱗に覆われた大きな胴体が視界に映り込みます。
「本当にバジリスクだったわ」
胴から離れたところに落ちている頭部の上には赤い王冠のような角がありました。
呪われていたモノの生命力がなくなり、そのモノに執着していた呪いが霧散したということなのでしょう。
私の目はバジリスクの姿を捉えることができました。
「でも、誰がバジリスクを物体Xになるまで呪うっていうのよ」
私は自分自身を浮遊させて、沼の上に浮いているバジリスクの元に向かいます。
「シルヴィア! まだ近づくな!」
クロードさんの声に振り返りますと、視界の端に赤いものが……右手を大きく振り上げて、沼に叩きつけるように振り下ろしました。
『Guaaaaaaaaaa――――――――――!』
右手に持っていた鈍器によって赤い王冠のような角が粉砕していき、硬いものが割れる音と水しぶきの音が重なります。
「バジリスクは生命力が強い……シルヴィア、それは魔法の杖だよな」
「何を言っているのです。私は鈍器だと言ったではないですか。頭蓋骨ぐらい粉砕できますわよ」
右手に持っている大きな魔石がついた木の棒を持ち上げながらいいます。
カンテラは取り外してしまいましたので、無属性攻撃しかできません。ですが、首だけで襲ってきた死にぞこないのトドメを差すぐらいはできましょう。
「むっ……確かに言っていたが、魔物を倒しきったと確認してから近づくほうがいいぞ」
「それも正論ですが、少し気になったものが見えたのですよ」
私は沼の上に浮いている胴の部分に近づいていきます。腹の部分から黒いモヤが出ているところがありました。
そこに鈍器である改造杖を向けます。
「刃風」
風の刃がバジリスクの太い胴体を切り裂いていきます。そして切れた部分を鈍器でたたきますと、赤い液体にまみれた物がポロリとでてきました。
それが沼に落ちる前に結界を下に引いて受け止めます。
「陶器の欠片?」
茶色い陶器の破片から黒いモヤが立ち上っていました。これが魔物であるバジリスクを物体X化させていたものでしょう。
しかし、この欠片しかないのですかね。形をなしていないので、この破片と同じような欠片があってもよさそうなのですが、他に黒いモヤが立ち上っている場所はありません。
「なにかと間違えて呑み込んだのかしら?」
疑問を口にしながら、結界を解き、沼の底に落ちるように呪いを発生させている陶器の欠片を落とします。呪いの影響を受けないように別空間に落としました。
あとで、何の呪いがかかっているのか、確認するためです。
しかし、残念でしたわ。まさかバジリスクほどの石化の呪いを操る魔物が、別の呪いに侵されるだなんて。呪いに一度侵された肉体は素材として価値が半減しますからね。
「シルヴィア! こっちに戻って来い!」
クロードさんの声と同時に、沼しかない足元から気配が! 浮遊の魔法で高く飛び上がれば、大きな口が沼の中から出てきました。
そして私を捉えようと伸ばされる舌。
巨大カエルですか!
あ……巨大カエルって、表皮の毒の採取ができますわね。




