第110話 妻自慢ですか?
「あの……実は実家から手紙が来ていまして、恐らく幻惑の魔女さんにご迷惑をおかけした一件です」
私はサイさんにいつものリラックスするお茶を出しながら言いました。
魔導師長さんが、幻惑の魔女の家を教えたと言っていましたので、絶対にご迷惑をおかけしていると思います。
お茶を飲んでいるサイさんの向かい側の席に私は座りました。
「さて? マリーからは何も聞いておらぬがのぅ? それで、実家とやらに戻るのか? 確かファンベル子爵家であったか?」
サイさんにはこの街に来たときに、ファンベル子爵の家紋が入ったペンダントを見せたので、私がどこの家の者かよくご存知です。
「いいえ、ファンベル子爵家とはもう関わらないと縁を切るつもりです」
私をどこぞの貴族に売って、お金を得ようとしていることは容易に予想できます。
ええ、兄は私を相当恨んでいることでしょう。
私のせいで、家族が壊れてしまったと思っているようですから。
「私が魔女であるがゆえに、色々歪みが生まれてしまいました。普通の子どものように過ごせれば良かったと、思うこともあります」
「魔女という者は人の姿をしておるので、勘違いされやすいものであるからのぅ。マリーは母親に捨てられたと言っておった」
え? 母親にですか? しかし、その方は魔女の血筋ではなかったのでしょうか?
「マリーは庶子でな、母親の身分は低く他の異母兄妹たちと同じ教育を受けられないと文句をよく言っておったものじゃ」
庶子の子は母親の身分と同じ扱いになると聞いたことがあります。
「幼いマリーはその不満を母親にぶつけたそうだ。そして数日後に母親は置き手紙だけ残して消えてしまったそうなのじゃ」
「ん? あれ? まぁ、捨てられたという表現になるのですか?」
そこまでの話を聞いて私は首を傾げました。母親の失踪。ここだけを聞けば捨てられたと思っても仕方がありません。
でもマリーアンヌという方は、この辺境都市を治めている大叔母という立場と聞きました。するとそれなりの貴族の出となります。
貴族というのは体裁を気にしますので、母親が居なくなった庶子をどう扱うかと考えると……
「お陰でマリーは本妻の子と同じ教育を受けられるようになったということじゃ」
「サイさん。この話は何のためにされたのですか?」
ただの妻自慢ですか?
「本当に縁を切ってしまってよいのかということじゃな」
ああ、私が幻惑の魔女のように、私は魔女だからと人とは違うのだからと勘違いしているのではと言いたいのですね。
「これが私に届いた手紙です」
ファンベル子爵の封蝋を切った封筒を空間から取り出して、サイさんに渡しました。
「中を見ても?」
「良いですよ」
そして封筒から手紙を取り出して読むサイさん。その表情には変化は見られません。
「ふむ。これだけではわからぬが、妹の将来を心配して結婚相手を探し出してきた兄と、わしは思ってしまうがのぅ」
「そんなことは……」
「調べさせてもらったのじゃが、ファインバール伯爵子息と7歳のときに婚約して、それから家には帰っておらぬのじゃろう?」
そうですよね。この街に……幻惑の魔女が住む街にやってきた魔女のことを調べないわけにはいきませんわよね。
「ファインバール伯爵家ではそれ相応の教育を受けられたのではないのかね?」
「はい」
「魔女としても、人としても恥ずかしくない教育をされたのでないのかね?」
「はい」
「それはきっと子爵家では受けられなかったものだろう?」
「はい」
サイさんの言葉を否定する要素はどこにもありません。亡くなったファインバール伯爵様には、感謝をしきれないほどのものをたくさんいただきました。
貴族の令嬢としても統治者としても家族としてもです。
「魔女だからという偏見を自分に持たずに、子爵に会ってみるとよい」
そう言って、サイさんは幼子を相手にするように私の頭を撫ぜてきました。
偏見の目を向けていたのは私自身だというのですか?
「フォッフォッフォッ。納得できないという感じじゃな。これだから、魔女は困ったものであるのぅ」
「ちょっと! 何! ディーに頭を撫ぜられて喜んでいるのよ!」
そこに突然、幻惑の魔女の声と肩にミシミシという圧力がかかってきました。
「「ヒィィィィィィ」」
それと店の奥から悲鳴が!視線だけを向けると、エレンシア商会の方々がこちらの様子を伺っているではありませんか。
「ちょっと何処を見ているのよ!」
その私の視界に割り込んでくる幻惑の魔女。
だから私は頭を撫ぜられて喜んではいませんわよ。
「そこの者たち! さっさと何処かに消え去りなさい!」
「「かしこまりました! 商品の設置は完了しております!」」
それだけを言ってエレンシアの商会のお二人は、脱兎の如く店を出ていってしまわれました。
「それで、この落とし前をどうつけてもらおうかしら?」
何の落とし前ですか?
そもそも私は何もしていませんわよ。
怒りを顕にしている幻惑の魔女の背景が、モヤがかってきています。噂の迷いの森というところに落とされてしまうのでしょうか?
「マリーや。こちらにきなさい」
「はい! あなた! 私もいいこいいこしてほしいわ」
サイさんの言葉に、蝶のようにヒラヒラとサイさんのところに移動する幻惑の魔女。
肩の骨が潰されるかと思いましたわ。
そして目の前では、フォッフォッフォッと笑いながら幻惑の魔女の頭を撫ぜているサイさんがいます。
……シャロンさん。ラブラブというのは、こういうことを言うのではないのでしょうか?
私は遠い目をしながら、幻惑の魔女のお茶を用意するために立ち上がったのでした。




