第100話 契約の不具合
聖騎士との契約は多岐に渡る。
それを知るすべは、私の中に取り込まれた契約を引っ張りださないといけない。
普通の契約であれば、魔女にとって改変することなど容易いこと。
しかし、相手が聖獣となれば、いささか困難を極める。
聖獣。元々は精霊の類になる。だから肉体は持たず、力の固まりと言っていい。
だから、憑依という形をとることができ、契約者に己の力を与えることができる。
ということは、その契約も力の固まりとして、私の内にある……のですが……あるはずなのですが……さっぱりどこにあるのかわかりません。
あんなに粋がって解除する気満々でしたのに、蓋を開けてみれば、聖獣の契約の痕跡が見当たらないのでした。
私は今、ツタの繭と言っていい中で力が入らず、横たっています。
力が抜けきる前に、以前足場に使用した頑丈なツタを私を包むように成長させたのです。そのため、黒い枝に宙吊りにされるという事態は免れました。
意識がはっきりしているにも関わらず、こうも身体が動かないとは、聖獣の契約の強さが窺えます。
にも関わらず、その契約がどこにあるのかわからないのです。
聖王との契約なので、主導権が聖王側に発生すると思っていましたが、甘かったですわね。
基本はアンラヴェラータ魔導王国の霊獣使いの仕様だと思うのですが、困りました。
魔力食いの木が活動を始める前に、契約の改変をしたかったのですが。
クロードさんが言っていたように、手順に則って行わなければ契約書は現れないということでしょうか。
そうなると、動かない身体で魔力食いの木を対処しなければならないということです。
うぅぅぅ。枯らすのは簡単なのです。
しかし、ここまで成長した魔力食いの木は二度と手に入らないと思うのです。
素材として確保したい。
できれば、実が欲しい。
赤い花も欲しい。
私の欲を優先させると、辺境都市『エルヴァーター』が人が住めない場所になってしまう可能性があります。
自由に動けるのであれば、簡単なのですけど。
自分の欲と常識的な理性と格闘していると、なにやら外から怪しい音が聞こえてきました。
私の魔法が解けるにはまだ早いですわ。
それも木が折れているような音がします。
もしかして、どこぞかの魔鳥がここで巣を作ろうとしているとか?
空間に根を張ってしまったために、空中に浮いているようになっていますが、そのうち維持できなくなって落ちますわよ。
ああ、私を囲っているツタの繭に亀裂がはいって、外からの光が……私を食べても美味しくありませんわよ。
「シルヴィア!」
この声はクロードさんですか?
ここは空中ですのに、どうやってここまで……空が飛べるとかなんとか言っていたことがありましたわね。
「シルヴィア! 大丈夫か? どこか怪我をしたのか?」
してませんわよ。これは聖騎士との契約に引っかかっただけですわ。
と、答えようとしても、ヒューと口から息がこぼれるのみ。
あれ? もしかして、これ酷くなると死ぬとかいいません?
ツタの繭の中に入ってきたクロードさんに抱きかかえられました。
その途端、四肢に力が入るようになりました。
この強制力は強すぎますわ。
「あ……」
声も出るようになりました。
「クロードさん、この契約内容ちょっときつすぎません?」
聖王の行動制限をするにしても、声まで奪ってしまうのは如何なものかと思います。
「契約……はぁ……良かった。全く動かないから、魔力を取られてしまったのかと……」
そう言って、クロードさんは私をぎゅうぎゅうに抱きしめてきましたが、苦しいですわ。
あと、鎧があたって痛いです。
「痛いです」
「すまない。シルヴィアの魔力が全く感知できなかったから、想定以上の負荷がシルヴィアにかかったのだと思う」
魔力を感知?
それはクロードさんが私の魔力を感知していることで、主の存在を確認しているということですか?
主の魔力を感知できなければ、主である私に負荷がかかるのはおかしなことですね。
常時、主従の間で何かしらの力の繋がりが発生していると?
「え? もしかして、主側が助けを求めると遠くにいても聖騎士には伝わるという機能があるとかいわないですわよね」
「ある」
あるのですか!
魔女の契約は定期的に存在を確認することで継続されますが、聖騎士の場合は常時ですか!
ということは私が契約の痕跡を見つけられなかったのは、クロードさんとの繋がりが一旦途切れたためだと。
「しかし、なぜシルヴィアの魔力が感知できなかったのか?」
クロードさんが首を傾げています。これは私が動けない身体で魔力食いの木から逃れるために取った方法が問題だったということですね。
「このツタは魔力阻害の効力を持っていて、魔力食いの木はこのツタから魔力を取り込むことができないのです」
物理攻撃にはそれほど耐久性はありませんが、魔法障壁としてはかなり効果がみられるツタなのです。
「それから……」
「なんだ?」
「降ろして欲しいです」
私はいつまでクロードさんに抱えられたままなのでしょうか?
なんだか距離が近いし、この状況は恥ずかしいです。
100話+おまけ話。
少し、先の話。
「「恋の薬があるって本当!」ですか!」
今日は珍しい二人がお店にやってきました。
エルン亭のエリンさんと、神官騎士のエリアーナさんです。
お昼前ですが、お店は大丈夫なのでしょうか?
「お二人が一緒に来られるなんて珍しいですわね」
仲がいいと初めて知りましたわ。
「ちょっと! 私は恋の薬があるのか聞いているのよ!」
「魔女さん! 恋の薬ってどんなものなの?凄く気になって来てしまったの」
どうやら、とある方から聞いたようですわね。
しかし、エリンさんの耳に入っているということは、1日もあれば街中に広まっていそうです。これは避けたいですわね。
「そういうものはありません」
「ちょっと私はあるって聞いたのにないって在庫切れって話?」
「物はなくてもいいから、話だけでも聞きたいの」
困りましたわ。
私が言ったのは、きっとお二人が求められているようなものではないのです。
「一つ金貨5枚らしいぞ」
店内の端にあるテーブル席からクロードさんが割り込んできました。
だからそれは違うものだと言ったではないですか!
「ききききき金貨5枚! え? 家が建つよ」
「田舎では建つかもしれないけど、都会じゃ無理よ。金貨5枚なら出せるわよ」
エリアーナさんも金銭感覚がおかしい方でしたか。
いいえ、結婚願望が強い方なので、そこに投資をしようということでしょうか?
そしてエリアーナさんは、カウンターの上に金色に光るコインを5枚置きました。
「たぶんご要望に合わないものだと思います」
そう言って、カウンターの上に置かれた金貨を押し戻します。
「何よ。あの聖騎士があるっていうことは、それなりのものがあるということでしょう!」
それなり……まぁ、それなりですね。
「あの、順番が違うのです」
「順番?」
「ええっと……貴族の御夫人方に好まれる物と言えばおわかりになりますか?」
「わからないわよ。はっきりといいなさい!」
「び……」
「び?」
「媚薬です。その……マンネリ化した夜に、ちょとした刺激をというコンセプトで作ったようです……先代の禁厭の魔女が……」
エリンさんは顔を真赤にしてあたふたしていますが、エリアーナさんは真面目な顔で聞いてきました。
「女性専用ということ?」
「服用すれば、どちらでも」
「それ、買う……」
「禁厭の魔女。それを私によこしなさい!」
どこからともなく幻惑の魔女が現れて、カウンターの上にドンと革袋が置かれました。
あの? 色々突っ込みたいのですが?
いつから聞いていたのでしょうか?
それから、この革袋の中身は全部金貨とかいいませんわよね。
「ちょっと横入りは止めてよね! それにババァには必要ないわよね!」
「この阿婆擦れ娘! お前になど百年早いわよ!」
ここで喧嘩をしないでください。
「あの、ですから最初に言ったように、ありません」
「作ればいいじゃない」
「作りなさい」
「あの……私も欲しいのだけど……友達価格にならないかな?」
クロードさん。しれっと、金貨をカウンターの上に置こうとしないでください。
媚薬は、お金に困らないかぎり作りたくないです。
だって、美味しそうなチョコレートを自分で作っても食べられないのですから!
100話までお付き合いいただきありがとうございます。




