第0話 勇者討伐隊
ほとばしる青炎。響き渡る絶叫。そして怒号。
「結界はどうした! 全く機能していないぞ!」
「神官騎士が何人かやられた!」
「聖女部隊を出せ!」
煙が晴れたところに現れたのは、巨大な漆黒のドラゴンだ。
そこにアリのように群がっているのは、このモノを討伐するために編成された討伐部隊。
またの名を勇者討伐隊だ。
漆黒のドラゴンを倒すべく各国の強者が集められたのだ。
「「「治癒」」」
聖女部隊の者たちが、倒れた者たちを治癒していく。
倒れていた神官騎士たちは、再び結界を張るべく起き上がる。
「「「結界」」」
ただ、倒れたまま起き上がらない者もいる。そして、その間も漆黒のドラゴンからの攻撃は止むことはない。
鋭い爪は空を切り裂き、全てを吹き飛ばす咆哮は大地をえぐり、空間に出現する魔法陣からは多種多様の属性攻撃が発動してくる。
しかし、それよりも厄介な攻撃は、一瞬で灰に変えてしまう高温の青い炎のブレスだ。
数人の神官騎士が結界を展開し維持していても、そのブレス一つで結界が壊されるのだ。
最初は数十人いた神官騎士も現在、結界を維持しているのはたった三人だ。
「補給部隊! こっちに回復薬を回してよ!」
その神官騎士の一人が声を上げる。だが、その者の元に駆けつける者は居ない。
既に補給部隊など存在していなかった。
はっきり言って、壊滅状態と言っていい。
誰もが満身創痍だった。
「刃風!」
「炎弾!」
「氷槍!」
魔法を漆黒のドラゴンに向けて放たれるも、強靭な鱗に弾かれて意味をなしていない。
いや、ドラゴンの周りに展開している魔法陣に向けて放たれたのだ。
ドラゴンに攻撃するのではなく、仲間への被害を少なくするため、結界の負荷を少しでもなくすための攻撃だった。
では、ドラゴンに触接攻撃している者たちは誰か。
「金狼!」
「おう!」
「緑獅子! 左から回れ」
「了解!」
銀色の鎧を身にまとった者たちだ。その者たちは、人というには逸脱した動きをしていた。
金狼と呼ばれた者は、漆黒のドラゴンの正面から突っ込んでいくも、その足の速さは重い鎧をまとっているとは思えない速さで走っている。
そう、騎獣に乗らず己の足で走り、ドラゴンの爪や咆哮を避けていた。
緑獅子と呼ばれた者は、横から周り背後からドラコンの背に巨大な槍を突き刺す。その槍は深々とドラコンの首元を貫いた。
それにはたまらず漆黒のドラゴンも悲鳴をあげる。
「青虎! 回復される前にトドメを!」
「わかっている! 皆! 総攻撃だ! 手を休めるな!」
青虎という者が指揮をとっているようだ。全ての者に攻撃するように指示を出す。
これが最後のチャンスだと言わんばかりだ。
いや、実際に地面には動かなくなった者が多くいる。これ以上戦力がなくなれば勝機は皆無だった。
そして青虎と呼ばれた者は正面から漆黒のドラゴンに向かっていく。緑獅子が傷つけた首元を狙って、大剣を振りかざす。
「別に貴方が悪いわけではないのですが、すみません」
ドラゴンに向かって、何故か青虎は謝罪をした。そして一瞬世界から音が無くなった。
その後に続く爆音と爆風。飛び散る鮮血。舞い散る黒い鱗。
青虎が放った技が、漆黒のドラゴンの首を飛ばしたのだ。
喚声が天地を揺るがす。
勝った! あの青炎竜に勝った!
勇者討伐隊の者たちは喜びをあらわにする。
ただ一人、青虎と呼ばれた者は未だに大剣を構えていた。
「これは、やはり幻覚だったのか?」
「いや、血痕が飛び散っているから変化の方だろう」
金狼も警戒を解かないまま、青虎に声をかける。二人が見ているのは、先程落としたはずのドラゴンの首があったところだ。
血痕だけ残して、その場には何も残っていなかった。
そして土煙が晴れたところに一人の人物が立っている。そのことに喚声を上げていた者たちの声が悲鳴に変わった。
黒髪に聖銀の鎧に身を包んだ青年が、首元を押さえながら立っていたのだ。
「勇者」
「勇者だ」
「まだ、生きている」
「首を落としても死なないなんて、本当にバケモノ」
恐怖が勇者討伐隊の者たちの中で伝染する。
そう、勇敢な者たちを集めたドラゴン討伐部隊ではなく、勇者を討伐する部隊だったのだ。
「バケモノだと?」
勇者と呼ばれた者が口を開く。
「バケモノは貴様らの方だ。絶対に、絶対に許さない。俺は貴様らを許さない。この報いは、貴様らの命で支払ってもらう」
低く全てのものを許さないと言っている声に、この場にいる者たち全員が武器を構える。
ここで倒さねば、殺さねば、死ぬのは自分たちの方だと直感で感じたのだ。
「いや、それでも足りない。俺はこの世界を許さない。全てが許せない」
呪いの怨嗟を口にする勇者に、次々と攻撃が突き刺さっていく。だが、勇者の言葉は止まらない。
「俺は絶対に……」
「もう、眠れ」
青虎の大剣が、再び勇者の首を捉え空高く舞い上げた。
「ユルサ……ナイ」
勇者の想いは底しれず、首だけになっても言葉を紡ぐ。
そして天高く飛ばされた首は青い炎に包まれた。
漆黒のドラゴン。青炎竜の炎に包まれた首は、散り散りになり地上に落ちていく。
そして再び喚声が天高くに響き渡った。
炎に包まれ、骨すら無くなったのであれば、もう脅威は訪れないだろうと。
「やったな」
「ああ」
「帰って酒が飲みて〜」
「倒したぞ!」
「これで帰れる!」
「しかし、多くの犠牲を出してしまった」
「青虎。この犠牲がなければ、弱点が見つけられなかったのも事実だ」
「わかっている。だが、どちらに正義があったのか」
「これで、全てが終わったのだ。それでいいじゃないか」
終わった。これで全てが終わった。
そう思い青虎は青く広がった空を見上げたのだった。
だが、これは始まりに過ぎなかった。
彼らが、勇者の最後の言葉を知ることに、それほど時間はかからなかった。
『この報いは、貴様らの命で支払ってもらう』




