第八話 愛縁奇縁
ヴァイゼ様のいいシーンがなかなか書けない!
…と今日この頃の悩み種です。
木漏れ日が机上を映し出した。
机上には私が今見ている資料が目に見えてきた。
よし、とその資料を胸に抱えてある男の前に立つ。
「ヴァイゼ様」
「ん?フェリ?」
「お話があります」
きっと、ここが運命の分岐点だ。
「で、話って?」
「これです。」
私達は一旦、執務室の真ん中にあるソファに向かい合って、座る。ヴァイゼ様の前に資料を置いた。そう、その資料は私が彼の趣味趣向を考慮し厳選した婚約者候補たちのお見合い絵である。彼の好みとしては、まず身体のラインははっきりとしているのが好きだ。出ているところは出てて、締まるところは締まっているメリハリのある体付きが良い。身長にはそこまで好みとかはない。性格は、口では優しく俺を包み込んで…なんて言ってたけど。割とサバサバとした女性が好みだと思う。何というか…雰囲気はゆるふわ可愛いだけど自分の軸がちゃんとあるタイプが好ましいと感じる筈だ。これでも、2週間程時間を作りながら、頭を抱えながら選びに選び抜いた自信作だ。…作品ではないんだけど。
「…これ…釣書?」
「はい」
「えぇ、何これ…俺まだ遊び盛りなんだけど。」
ふっ飛ばしてやろうかと、一瞬物騒な思考回路になりかけたが「こほん」と咳払いをする。
「私が両陛下たちに頼まれて、ヴァイゼ様が好ましいと思われる可能性が高い令嬢を選びました。」
「へぇ〜」
へぇ、って完全に興味が無さすぎる。「ヴァイゼ様」とちゃんと見ろやという気持ちも込めて名前を呼ぶ。
「うぅ、見るからそんな怖い笑顔しないでくれ」
私の圧のある笑顔に少し怯みながら、釣書を持った。その後はペラペラと見ながら、「流石はフェリ。俺の好みをよく把握しているな」と言いながら見ていく。
「で?」
「はい?」
ヴァイゼ様は全部見終わり、何か要求や会いたい人、気になる人はいたかどうかを聞こうと思っている私と目が合うなり、開口一番に質問を投げた。
「フェリの釣書は?」
「…何を抜かしているんですか」
現実逃避したくて、頭が可笑しくなったのか冷たい目を彼に向ける。彼もその目には慣れているのか、だってさと飄々とした態度で話を続ける。
「だって、フェリなら俺との差は2歳差。結婚適齢期に入っているし、長年の俺に秘書官として側で支えている実績もある。俺との相性も抜群だし」
身体の相性はまだわからないけど、と言いやがった彼の足を机の下で思っ切り踏んだ。
「っ!」
「相性抜群って誰認識ですか?」
「…俺認識です。」
涙目でそんな事を呟く彼の姿を見ながら、そんな事だろうだろうと思った。実際、王宮の中では彼女ほど彼に付き従える秘書官もいない懐中の刀という認識があるのだが。そんな事は露も知らないフェリシテはフンと視線を少し横目にしながら息を吐いた。
「一応俺、第二王子なんだけど。」
「一応をつける程の認識はあるんですね。」
紅茶を片手に言い放つ私に対して、彼は容赦ないなぁとへらへらと笑う。はぁと溜め息を吐きながら、彼に踏ん付けた指を冷やすための氷を渡す。「ありがとう」と言いながら、ヴァイゼ様は受け取る。
「あのですね、私が候補者になれば隠れ蓑になれるかもしれないと考えたようですけど。私は夜遊びに加担する気ないですからね!」
「へ?…え…と…それは」
大方、私が入っていれば私と適当にお見合いする気だったんだろう。女癖を知っている私なら、どうこう言うこともないしお見合いはしていると当分は逃げ回れる理由付けを作ってしまう。案の定、目を泳がせていた。
「本当、私を入れなくて正解でした。」
「え…本当にフェリ…入ってたの?」
「?、えぇ。ヴァイゼ様が言っている通り、ヴァイゼ様の秘書官として長年働いていますし。年も結婚適齢期、王族に長年騎士として使えるそれなりの歴史を持つ家の伯爵令嬢ですし。嫁ぐには問題はありませんから。」
嫁ぎ気も予定もありませんが、と言っていると何故だか驚きのあまり固まっているようなヴァイゼ様が映る。
「どうしたんです?そんな驚いて」
「え?あ、いやその…あ、そうだ!フェリの父上が俺の所というか、嫁ぐはまだ早いってつっぱねそうだし。それにあの条件があるから、入っているなんて驚きで。」
「…そういえば、ありましたね。条件とか。」
私の父は私という娘を溺愛している。娘の私が言うのもなんだけど、目に入れても痛くないくらいに可愛がられてきている。私が8歳頃くらいのときに、婚約という話がチラホラと上がって来ていた。実際に婚約するのは18歳や19歳あたり。その前に仮婚約と言って幼い時にお互いに合わせて相性良さげだったから、婚約の仮予約できる制度がある。仮婚約をしたからと言って、絶対にその人と婚約しなければならないという訳でもなく、その前に合わないと判断された場合はいつでも棄却ができる。例外はなく私も執り行われていたのだが、その際に父が「まだ!婚約者なんか決めなくていい!どこの馬の骨の奴なんかに!」と言い、挙げ句の果てには「容姿端麗、金は持っている、フェリを愛しており、俺に勝てる強さも持っている奴じゃきゃ絶対に婚約及び仮婚約は認めんぞ」と豪語した。そしてその話は光の速さで広まり、すっかり私の婚約の条件となってしまったのだ。
「候補者を承諾したのは父ではなく母でしょうね。」
「そ、そうか」
私の母としては、別に本当に私をヴァイゼ様と婚約させる気なんてなかったんだろうと考えている。父が知っているなら、こんなスムーズに私が候補者とした名を連なることは出来なかった。つまり、父には知らせていない。もし私を婚約される気があるなら、父にしっかり報告しているだろう。そして、説得した筈。あの母が口で父に負ける訳ない。それがないということは、その気がないということだ。この話が出た時点で、母は私の方で断るだろうという算段が着いていたということになる。王族からの申請を断るのも基本的には良くないからと引き受けた上で、この婚約話の相談が私のところに舞い込むとその可能性は高いと考えたのだろう。その話が来た時点で私が自分を候補者から外すことは想像に容易い。
「…フェリが婚約者候補者…」
「何か言いました?」
ぼそりというヴァイゼ様の呟きが聞こえず、聞き直す。
「いや、何でもない。」
ヴァイゼ様は私に笑顔を取り繕った。ハリボテの笑顔というのはわかったが、あまり踏み込むのあれだと思い、敢えて踏み込まなかった。
今になって思う。
あそこが本当に運命の分かれ目だったのだろうと。