第六話 怒髪天を衝く
「このまま何も対策を打たなければ、南部では近いうちに大規模な土砂崩れが予想されます。」
「近いうちにか?」
「はい。早ければ、今年の6月頃だとか。」
ここ5年の雨量データをヴァイゼ様の前に置く。今年は特にここ数年と比較すると、雨量が多い。
「南部は森林地帯だ。土砂崩れの可能性だって考慮しながら伐採しているだろう。」
「えぇ、伐採のし過ぎで土砂崩れがより深刻化したこともあります。実際に30年前にも起こってますから、考慮はしてますが…かなりギリギリのラインです。」
南部は30年前にも土砂崩れによる被害を受けている。元々熱帯雨林地帯ということもあり、水害には遭いやすい。だが、30年前は伐採をし過ぎで水害の被害を深刻化させてしまったのだ。そして、その責任の追求は当時の領主が責任を負う形となった。あそこまで行ってしまうと…もう人災と言っても過言ではない。
「何でギリギリなところまで伐採を?」
「それで出てくるのが北部の開発です。」
開発計画書を取り出し、企画立案者の名を指す。
「ブリッジ・アースラン」
「はい、ブリッジ様は東部貴族の者です。」
「なるほどな」
ヴァイゼ様は軽く溜め息を吐き、席についた。
東部は海洋地帯として知られている。漁業も盛んだが、貿易需要都市としても馳せている。そのため、運輸業も盛んだ。南部は木材や農業物を売り出す為には東部の力が必要不可欠。言い方は悪いが、東部は南部の弱い部分を握っている。北部の開発は東部の肝入りだ。北部は気候と土地の作りから、冬はとてもアクセスが悪くなる。そのため、地元民は冬籠りといって1ヶ月から3ヶ月程の食糧と水を確保する。つまり、冬はほぼダンジョンも封鎖されたと同義である。東部としては、ダンジョンの多い北部を整備をすることで冬でもアクセスしやすくしたいという狙いがある。交通便がかなり便利になれば、冒険者や騎士も冬でも来れるようになり、東部としてもダンジョンの珍しい物が手に入れることもできる。貿易の幅を広げることも可能である。東部の圧が少なからずあるとすると、南部のギリギリラインにも納得がいく。
「これは父上と兄さんに共有だな。」
「そうですね。」
「そうすれば、父上から指示を仰ぐことになって、父上や兄さん指令で実地調査は俺が行くことになるかな。まぁ実地にいくのはめんどくさいけど。指示フリする必要がなくなるからな。」
うん、楽だと頷くヴァイゼ様を白けた目を向ける。
「…そういうことにしておきます。」
「?、あぁ、そうだ。」
私の謎の呟きに首を傾げながら、何かいいことを思いついたような顔をする。
「なんですか。」
「6月と言えば、騎士団の遠征訓練があったよな?」
「ええ、ありますね」
凄く嫌な予感がする。こういう顔をするときのヴァイゼ様の言うことは基本碌でもないことばかりだ。
「じゃあ、それを南部にしよう。そうすれば1回で済むし、何より一気に騎士団を動かせる」
一気に騎士団を動かせるのってのは賛成だ。騎士団を動かすというのは色々と手続きが必要になるので、災害が起きた時に初期動作が遅いというが多々ある。
訓練だと言って、騎士団を南部に連れていけば災害に合ったときに即時対応できる。じゃあ食糧の備蓄の立案の立て直しと…騎士団の編成のし直しする必要があるなと考えながら「そうですね」と頷いた。
「それにあそこスタイル抜群な美女が多いらしい!」
ヴァイゼ様は何を想像しているのか、ニヤニヤと笑みを浮かべる。この女好き。狙いはこれか。鎮まれ、私の怒り。相手は王族…王族…殴るのは流石に良くない。まじないのように何度も心で呟く。
「…父直伝の雷拳骨か雷鉄槌どっちがいいですか?」
私は両手をゴキゴキと鳴らしながら近づいていく。我慢できなかった。こっちは、貴様の婚約者策定から騎士団の手続きまでやらないといけなのに、呑気に女遊びの計画聞かされて我慢する方が可笑しい。因みに私の父は騎士団第一部隊隊長。その直伝なんだから、いくら女の私でもそれなりの攻撃力にはなるだろう。近づく度、ヴァイゼ様がどんどん蒼白くなっていく。
「私そんな気は長くないんで、早く言ってくださいね」
「ごめんだから!許してくれ!」
第二王子のいやぁぁぁという断絶魔が執務室から聞こえたような聞こえなかったような、だそう。
「で、殴ったの?」
仕事帰り。多くの人々の声が賑わう中でカランと氷と氷が重なり合う音が響く。
「殴る訳ないじゃん。寸止めよ。」
「それほぼ殴っているのと同じだと思うけど。」
「全然違う」
そうなの、と頷くのは学生時代からの友人のソフィである。今日早めに帰る用事とは、ソフィのことだ。彼女とは月に1回程集まって、ご飯を食べに行っている。
「怖かったでしょうね、第二王子」
「私の方が迷惑を被っているの。あの人すぐにどっかフラフラしようとするからそれを阻止したり、女関係の清算や後始末とかもこっちでやってるの」
寸止めくらいでバチは当たらないだろうと、鼻息荒くしながら、首を上下に振る。ソフィはそんな私を見ながら、「何だか可哀想ね」と苦笑した。
「それだけじゃないんでしょ」
「えぇ、仕事を大量に置いてきたわよ。20時前後で終わるように量は調整しているから大丈夫。私だってそこまで鬼畜じゃないわよ。その分、今日は大好きな女遊びは出来ないでしょうけど。」
うふふと、にこっこりと微笑む。泣きながら、仕事を捌くヴァイゼ様の思い浮かべて眉唾を呑み込む。
「十分に鬼畜の領域に入っているような気がするけど、それよりもいいの?ここにいて?」
「大丈夫よ。それで遊びに走るような馬鹿じゃない。」
「何?すっかり調教済みって訳ね。」
「私が何だか悪女みたいじゃない」
あの怠け者王子、実は一回だけ執務室から抜けようとしたことがある。私はその日、休日だったので緊急要請が来た時は驚いた。急いで王宮の執務室に向かうと、当たり前だが間抜けの殻。あの生臭王子と二の足を踏んだのはあれが最初で最後であろう。何が腹立ったのかというと、一回資料を見た痕跡があったこと。つまり、一通り目を通して緊急性の事案がないとわかってからここを抜けたのだ。「すぐに帰ってくるから心配しないで」と書かれた紙を見つけた時は思わずグシャリと握りつぶした。その後、速攻でヴァイゼ様を見つけて騎士達を総動員して捕獲。ヴァイゼ様は私の顔を見た時に何だか地獄の大閻魔や悪魔に遭遇してしまったような顔をしていたけど。本当失礼な、私は真っ当な人間だと言うのに。
彼女の纏う禍々しいオーラに騎士達さえ震え上がっており、第二王子の事の顛末を知る者は彼女の虎の尾を踏む可らずという考えになっていることは彼女は知らない。