第五話 曲突徙薪
ラブコメ要素は何だか少ないですが、これからちょっとずつ増やしていく予定です。
「もう、そこばっかり…」
「いいじゃん、もっと声を聞かせて」
「あぁ♡」
国王夫妻、ごめんなさい。
お宅の息子の婚約者見つからないかもしれないです。昼休み、いつもより帰りが遅いのでもしかしたらと思って休憩室のドアに立ってみたら、案の定声が聞こえた。
情事真っ最中である。
婚約策定の話から1週間が経過した。策定に関しては資料は読み通しが終わった。こちらの方で15人程候補を絞ったけど…このままだと破綻する未来しか見えない。彼女らは私と違って、生粋のご令嬢なのだ。こんな情事のことを聞いたら、倒れてしまう。いや、倒れずに大人の対応をしてくれるかもだけど。心中は十中八九穏やかではない筈だ。これを良しとして丸ごと呑み込むなんてできない。それこそ、結婚しても夫婦の冷め切った関係になってしまう。それは国王夫妻や私の望む所ではない。
でもそれは下半身最低野郎を叩き直さないいけないということを示している。思わずえぇと心の中で叫ぶくらいには、面倒くさい。あの方の女好きは、もう直せない病みたいなもの。もう直させないと開き直って、彼を丸ごと許せる令嬢を探すという天文学的な可能性に掛けるか。いや、諦めない。諦めないぞ。成功報酬1億ベリーが私を待っている。生粋の女好きというのはわかったじゃないか。それに…婚約者候補に私の名も連なれている。このままでは私が殿下の婚約者になる可能性だって。いや、考えるのはよそう。絶対に嫌。断固としての阻止。本当、毎度ことだけど。私もよく情事の真っ最中に飛び込むな。くそう、全てはヴァイゼ様の所為だ。
「ヴァイゼ様、私、今日用事があるので早めに上がりたいんですけど。ちょっと相談したいこともあって」
「えぇ、何?」
「わかった、あと15分くらいで行くから」
「わかりました」と言って、トボトボ廊下を歩く。私にあの方の女癖を直せるのだろうか。窓を見ると、翠の鳥が羽ばたいているのが見えた。いいな、私も鳥になろうかな。って、何センチメンタルなっている。今の悩みを振り切るように軽く首を振って、執務室に向かった。
「で、相談って何?」
何故だか嬉しそうに聞くヴァイゼ様を訝しげに見ながら、本題に早速だが突っ込んでいく。
「ヴァイゼ様の女癖ってどうしたら直ります?」
「どうしたの?そんなこと言って、今まで気にしてなかったなのに?」
えぇ気にしてなかったですよ。だって、私には関係ない話だった。女癖が悪かだろうが、彼は仕事はしっかりやってくれていたから。でも、今は私の平穏な未来の生活と1億ベリーが掛かっている。情けない話だが、彼の女癖を直す方法が思い付きもしなかった。生まれてこの方、恋愛もしてないし。彼氏も婚約者もいない。恋愛偏差値で言ったら、0に等しい私ではこの色欲色魔に勝てる気がしない。勇者が初期スキルで、最終ラスボス魔王に戦うくらいに無謀である。戦える武器の数が違い過ぎる。
「嫉妬してくれてるんの?」
「寝言を寝てから言えるようにしましょうか?」
「ごめんって、冗談だから。それでも本当になんで?」
「大至急、必要性に駆られているんです。」
ダメ男にも引っかかってんの?と、ニヤリと笑うこの男に一泡吹かせてやろうかとキッと睨みつけた。
「俺の秘書に何してるのかなって言ってあげようか」
こちらに顔を近づけて、顎をクイと軽く持ち上げて言った。軽くパシッとその手を払い除けた。
「貴方の秘書官であることは間違えないですけど。別にダメ男に引っかかっている訳じゃないですし。あとそういう言い回しは、誤解と数多の推測が飛び交うから今後は辞めて下さいと言った筈ですけど」
「手厳しいな、麗しの秘書官殿は。」
「父直伝、雷の鉄槌受けます?」
私がさっと構えると、ヴァイゼ様は数歩下がった。「冗談だって、ごめんって」と言いながら、自分の顎に手をつけながら、「そう言えば」と言った。
「どうしたら女癖直るかって聞いたけど、俺の場合は秘書官が俺の婚約者になるなら考えるかもね」
「それ絶対に国王夫妻に言わないで下さいよ」
「あれ?そこは赤らめて嬉しいとはいう場面では…」
「絶対ですよ」
言うもんなら、と、親指を立ててそのまま自分の首に手前でスライドする。私の目が本気だと気がついたのだろう。若干、ヴァイゼ様は青褪めた顔で何度か頷いた。
「はい。絶対に誰にも言いません。」
ふぅ、何だか疲れた。ダメ元で聞いたけど、やっぱり駄目だったか。私は書類作業に戻った。その後ろで胸に手を当てて首を傾げるヴァイゼ様には気がつかなかった。
「で、もう一個相談したいのが」
言いながら、紙を取り出す。紙には、ここ5年の全土の雨量データと北部の開発計画、そして南部の土地調査の3種類の書類がある。この前書類整理をしてて、気になり秘書部のメンバーに集めて貰ったモノである。
「これがどうした?」
「今、北部の開発計画が進んでます。そして、開発計画に必要なのが木材です。」
「だろうな」
ヴァイゼ様は私が置いた書類に目を通しながら頷いた。この国は、北部と南部、東部と西部、そして王城のある中央部と主に5つに別れている。ヴァイゼ様や国王などの王族達を中心に大領主が北部から西部まで計4人におり、それぞれが管轄の領土をまとめ上げている。だからと言って、完全に分離している訳ではない。この国はそれなりに雄大であり、王族だけでは管理が出来ない為に大領主たちが代行しているという感じの認識である。
「木材は主に南部から送られています。」
「あそこは鈴ノ木の群生地だからな」
鈴ノ木とは、よく建物の木材や道路の木材として使われる木材である。安く、木の育ちも5年程で育つ。そして、丈夫でよくしなるので加工もしやすい。特に南部は鈴ノ木を初めとした森林地帯を持っており、木材事業に強い。北部は技術者と軍事の要の地帯である。山岳地帯で冬は極寒となり自然の要塞ができる。ダンジョンが5割程保有さていることもあり、研磨やお小遣い稼ぎの目的の騎士や冒険者、発掘家たちが集っている。そのため、ダンジョンで掘り起こされた魔法石の加工をする者を始めとして多くの技術者たちが集まっている。また、腕の立つ騎士と冒険者たちが集まることで軍事力の向上に繋がっている。さらに過酷な環境における訓練により、北部上がりの騎士や冒険者には腕の立つ者が多いと聞く。
「端的に言うと、北部が、というより南部の方に問題があるのか?そしてはそれは緊急性が高いと?」
書類に目を通しながら、私の話を聞いていたヴァイゼ様はそう言った。その目はいつもの陽気な目でなく真剣な眼差しが映る。人の話や書類などの状況証拠を見ながらの情報処理能力がこの人本当に高いんだから。いつも本気を出せばをいいのにと思いながら、頷いた。