第三話 月下氷人
思わずゴクリと息を呑む。
考えば考える程嫌な予感しかしないとは何故なのか。絶対にヴァイゼ様の日頃の行いの所為だ。本人がいないことをいい事に八つ当たりをする。
「我が愚息のヴァイゼのことだというのはセバスから聞いたと思う」
「はい、聞きました。」
そうかと、国王は頷いた後私の前に紙の束をどっしりと置いた。一瞬どこから出て来たの?と思っていると気づかぬ間に国王の後ろにセバス様が立っていた。
「あの…これは…」
まさかこの紙の束は全部事務処理とかヴァイゼ様が私の知らない所でやらかした案件が書かれているという訳ではないよね、ね?と思わず聞きそうになるが目の前にいるのは国王。そんな失礼なことは言えない。
「心配するな、フェリシテ嬢が思っているものではない。まぁ…それよりタチが悪いかもしれんが」
何も口には出さなかったが、私の態度である程度予測ができたのだろう。陛下は苦笑しながら言う。それより、タチが悪いとは?私、何をやらさせれるの?
「こほん。陛下」
嗜めるように王妃が言うと、陛下が「言葉が悪過ぎたな、すまない」といいながら一瞬しまったという顔をした。その後、すぐに威厳のある姿に戻ったけど。今威厳ある姿になられても不安しかないですが。と、心中で呟きながら紙の束に目を戻す。
「ここにあるのは全部ヴァイゼの釣書だ」
「ぜ、全部っ!?」
え、ヴァイゼ様ってこんなに人気あったの。と思わず失礼なことが頭を過ぎる。いや、ルックスは超一級品だ。それは認める。純然たる事実だし。だけど、基本怠け者体質で生粋の女好き。そりゃはそれなりの分別があるとは言えど…私ならもっと他の人を選ぶ。ヴァイゼ様並の顔の良さはないかもしれないが、それでも性格もよく品行方正な人もいる。そういう殿方と結婚した方が絶対に幸せになると思うんだけどな。
「これでも、王宮秘書課総出で厳選してしたのです」
セバス様が後ろで言う。その言葉の端々では、彼には珍しい位に疲れが見受けられた。話を聞いていくと、セバス様の王宮秘書課ではこれの3倍以上は来ていたというのだからゾッとする。それは疲れが出てしまうのも納得である。私なら途中から放棄しかねない案件である。
「金使いが荒い者、ヴァイゼ様に嫁ぐにはあまりにも年が離れている者など明らかに棄却できる物を丁重に棄却させていただいたのですが…あとはヴァイゼ様の趣味趣向や好ましいどうかくらいの基準でしかなく、ある程度は我々も知っているのでそれを踏まえて厳選させていただいのですが、もうこれ以上はとなりまして」
「私も彼奴の性格はそれなりに知っている。この釣書の量の見合いを捌くのはほぼ不可能だ。」
確かに、と思わず頷いてしまう。あの生臭王子にこの量の見合いをさせるのは無理だ。絶対にどこで頓挫らする未来しか見えない。あぁ、そしてその頓挫らした所で女遊びが開始…なんてなったら最悪だ。
「そこでフェリシテ嬢だ。フェリシテ嬢はあの愚息に長年仕えてくれている。そして誰よりも彼奴の趣向を理解している。何より彼奴が唯一言う事を聞く人物だからな。貴方が言えば見合いの席には着くだろう。」
「そこまでの発言権はないと思いますが」
「何を言っているの。あのヴァイをここまでちゃんと王族業務等を熟せているのは一重に貴方の尽力あってこそということは、ここにいる者の共通認識です。」
王妃が言うと、国王もセバス様も頷いている。実はあの生臭王子は問題児だったらしい。らしい、というのは私が秘書官として着任してからは、その業を潜めたから。それまでは王族業務はほぼ手をつけなかったようだ。そして、何人もの秘書官たちがヴァイゼ様に業務をさせようとしても、あの王子はどこに逃亡してしまい王宮の人々は頭を抱えていたようだ。タチの悪いことに、本当にやらないと不味いものに関しては手を付けていたので変に怒るということもできなかったみたいだ。今もそのタチの悪さは代わってないような気がするけど。私からすれば最低限の仕事しかしないなど単なる給料泥棒に同格だ。そう言えば昔、初出勤のときそういう話をしたような…仕事をせずに娼館に行こうとしたあの王子を騎士を使って止めて、そのような話をしたような気がする。今思うと、よく牢屋にぶち込まれなかったものだ。
そんな数年前の出来事に思いを馳せていると、「フェリシテ嬢」と国王を私に声を掛ける。
「とても情け無い話だが、我々ではここら辺が限界だ。彼奴も王族の自覚が少なからずともあるからな、見合いや令嬢との婚約などには異を問わないだろう。」
だがな、と国王は隣にいる王妃を見て、また王妃も国王を見て少し翳りのある笑みを浮かべる。
「少しでも心を伴って欲しいとも思うのだ。彼奴の親としては。だからこそ、フェリシテ嬢に頼みたい。愚息のヴァイゼの婚約者策定に協力して欲しい」
勿論、タダとは言わん。とゼバス様が私の前に再度大きなケースを持って来た。「開けてみよ」と国王に促され開くとそこには札束がぎっしりと入っている。
「ざっと…1億ベリーってところですかね」
「それは其方がこの頼み事を聞き入れてくれたときに後に使者を送って届けさせよう」
「え?」
嘘でしょ、本当に。再度ケースに視線を戻す。1億ベリーあったら、貴族でも余裕で3年は暮らせる。
「彼奴に婚約者ができたら、成功報酬としてさらにこのケース分を丸々一個追加しよう」
「え?」
マジですか、と思わず国王にタメ口を聞かなかった私を誰か褒めて欲しい。この話を引き受けるだけで1億ベリー、殿下に婚約者が出来ればもうさらに1億ベリー。私だって、結婚するならあんな主人だけど幸せにはなって欲しいとは少なからずとも思ってる。殿下もハッピー、私も成功報酬ゲットできてハッピーなんて最高ではないだろうか。冷静な私が水を差す。こんな上手い話があるだろうかと。いや、しかしなぁ。と、セバス様が置いた紙の釣書をペラペラと捲っていく。公爵令嬢に、隣国の第二王女とか_わぁ凄い、白雪姫で有名な辺境伯の娘まで。選り取り見取りとは正しくこの事をいうだろう。そして、最後のページまで行って私の手が止まった。え、と驚きの顔をして国王夫妻を見てしまう。
「あの…一つ確認なんですけど」
「なんだね?」
「これを私が断った場合はどうなるんですか」
「我々で選ぶことになる」
「そう…ですか…」
最後のページを見ながら考える。
そして、腹を括った。
「このお話、お引き受け致します」




