第二十七話 智徳兼備
ふぅ。
軽く息を吐くと、それに連動して白い湯気が浮かぶ。幼い頃、これを見ると少し気分が上がっていた。
…でも、今は。
「フェリ」
「ヴァイゼ様」
いつの間にかに隣に立っていた彼に驚く。私達の前には今大きな要塞が立ちはだかっていた。
「行くよ」
「…はい」
「大丈夫だよ、何せ俺が付いてるんだよ?」
「…どこから来るんですか、その妙な自信は。」
「今日も手厳しいね、我が麗しの秘書官どのは。」
ヴァイゼ様は、ハハといつもような軽口を言いながら私の前を歩いていった。…あぁ、もう。この人は。
「ありがとうございます。」
か細く小さな声でめいいっぱいの感謝を口に出す。我ながら可愛くないな、と思いながら。
「何か今言った?」
「何も」
「今絶対に何か言ったよ。」
「しつこい男は嫌われてますよ。」
「うぅ、フェリが冷たい。」
いつものように嘘泣きをしながら、こちらをチラチラ見てくる。はぁ、と軽く溜息を吐く。
私達は今、北部の国境線の近くの要塞に来ていた。流石北部と言うべきか、夏に近づいているのにまだ息をすると白い湯気が立つ程にこの土地は寒い。
「そんなことより、行きますよ。寒いですし。」
「そんなことって言った!」
「何ですか、そのウザ絡みする彼氏みたいな言い草は」
「ウザいなんて」
ヴァイゼ泣いちゃう、なんて抜かしている馬鹿王子を本気で置いてさっさと行ってやろうかと思った時に「よ!フェリー!」と懐かしの声が耳元に響いた。
「カイ!」
そこにはヴァイゼ様より5センチ程背の高い筋肉隆々の男が立っていた。その顔は、満面な笑みでガタイの良さとは裏腹な子犬を連想させるような雰囲気があった。
「ソフィから聞いてたけど、本当に北部に居たのね」
「あぁ、立場上おいそれと居場所を言う訳にも行かなくてな。それしても、本当久々だな。」
「えぇ、今度会う時は結婚式かと思ったんだけど。」
「…フェリ、その人、私にも紹介してくれないか?」
1年前よりもうちょっと筋肉付いたかもと思いながら、カイと思い出話に一瞬花が咲きそうになったが、そこに聞き慣れた声の筈なのにどこか聞きなられない冷たさを含んだ声に思わず息を止めて振り返る。
「申し遅れました。ヴァイゼ殿下。私、カイオリス・スヴィーゲンと申します。現在は、騎士団王族護衛団先鋒部第一部小隊小隊長を任せられてます。」
一瞬固まる私とは打って変わってカイは、ヴァイゼ殿下の冷気に包まれた雰囲気を物ともせず、先程と同じように子犬ような笑顔で自己紹介した。流石はカイ。
「へぇ、君があの最年少の__って!」
そんな彼をジトとした目で下から上までを見るヴァイゼ様の頭を思わず叩く。今のは、流石に感じが悪い。目の運び方など諸々含めて、どこかの貴族家の面倒な姑のような目付きだった。思わず、らしくないと思ってしまう。ここ最近ちょっと様子が可笑しいヴァイゼ様目配せしながら、目の前でキョトン顔をしている親友を見る。
「なぁ___それ大丈夫なのか」
「何が」
「その…殿下…の頭を…その…」
「大丈夫、これがフェリの平常運転だから。」
痛たたと頭を摩りながら、ね!とこちらにウィンクを飛ばす彼の姿にジト目で返す。
「まぁ、、それに。今のは私が悪かった。」
「へ?」
軽く首を傾げるカイに思わず苦笑いをする。カイはいい意味でも悪い意味でも自分に対しての言動の機微に疎い所がある。それで彼が学生時代に幾度となく顔にどう見ても平手打ちされた手形を付けらていた姿を見てきた。…ヴァイゼ様とは違った女泣かせな男だったのだ。
「はぁ、もういいですよ。私の方こそ頭を叩いて申し訳ありませんでした。あとで氷用意させます。」
「はは、ありがとう。」
「いや、私が叩いたので。感謝されるような事は。」
そんなことを言う私の顔が面白い顔になっていたのか、隣にいたヴァイゼ様はケラケラと笑い出した。
「…相変わらず、凄いなお前」
「相変わらずって何よ、とにかく砦の中に行くわよ。」
「待ってよ、フェリ」と面白がっているのがわかるような声を後ろから聞きながら要塞の中に入っていた。
「歩きながらでもいいから、今の小競り合いの状況を説明して欲しいんだけども、大丈夫?」
「あぁ。来て早々悪いが、会議も参加できるか?」
「えぇ大丈夫、こっちもそのつもりで来てるから。」
カイ曰く。
スノープリア国の国境線に聳え立つこの要塞では、長年隣国との小競り合いが行われていた。理由は簡単、スノープリアは国全体が常に雪に覆われた国で、特にこの時期は雪が厳しくなる為食糧困難に陥ることもしばしば。その度に食糧欲しさにこの砦を攻めてくる。
「でも、今回は何か違う気がするんだよ。」
「違うって?」
「攻めてくるのはいつものことさ。ただな、食糧確保が大きな目的な奴等は農民が多い。だから、戦闘職を生業している騎士の俺たちとは…正直勝負にもならない。だから、こっちとしても相手が死な無い程度にいなして、適当な所で互いに手を引いて、俺たちは和平という建前で彼らにその季節乗り越えられる分くらいの食糧を渡して、はい。終わりが定石だった。…だが。」
「ここ最近怪我人が多く出てきている。」
「あぁ、戦いの質が明らかに違ってる。あれは素人の剣の振り方じゃない。ちゃんと訓練された奴の攻撃だ。」
「服装はいつも通り。だけど、剣の振り方や戦い方に素人臭さの欠片も見受けられなくなった。…国絡みだな。それもかなり悪質な手口で行われている。」
ヴァイゼ様が険しい顔で呟く。
「えぇ、そうです。これは国同士が黙認とした小競り合いだった。互いに国としての面子がありますから、友好関係の保つ為に、小競り合いという名の茶番をしてそれで彼らに食糧の分け与える大義名分だった。」
「それが茶番じゃなくなってきている。と、いうかもう茶番じゃなくなった…というべきか。」
「はい、このまま行ったら国同士の戦争の火種になりかねない。そう危惧した王が今回、第五部隊と共に俺たち王衛団小部隊もここ北部に派遣したという流れです。」
何故急にこんなことになったのか。幸いとして、負傷者は出ているもののまだ中軽傷で重傷者や死者は出てい無い。…でも、カイの話を聞いている限りだと時間の問題だ。もし、万が一、重傷者や死者出たもんなら。
「フェリ」
「わかってます。早急に原因を突き止めます。」
まだ小競り合いと言える間に事を収束させなければ。
「裏にいる誰かは叩き潰します。」




