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倹約令嬢、怠け者王子に見合いを提案する。  作者: 千神
第2章 南の領土スカーレット編
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第二十四話 虫の知らせ


「あ、終わりました…」

「こっちも終わったよ…」


スカーレットから王宮に戻り、数日。

騎士団管理統制責任者執務室は混沌と化していた。

ショートケーキ、カヌレ、ドーナツ…と、あらゆる世の甘い食べ物を思い浮かべてはフェリは今疲れていると改めて認識した。フェリが甘い物を際限なく思い浮かべるのはもうそろそろ限界ということを意味している。

まぁ、それもそうだろう。ここ数日のことに思いを馳せる。騎士団に帰ってから、怒涛だった。帰った瞬間にイノシシと一瞬でも幻覚に見える程の突進を繰り出した父に体当たりを受け、泣きついて離れない父を引っ剥がし、何とかスカーレット地方の話をした。その後も父がヘブライを殺しに行こうするのを父の部下の皆さんと必死に止めた。結局、母が来て父を止めてくれたから助かった。あのままじゃ、貴重な証人を殺される所だった。


本当、ウチの男共は!脳筋揃い!


ここまで脳筋揃いでよく今まで伯爵の地位を追われずに済んでいる。と我が家門ながらにしみじみと思う。

一応…それなりに答えは出てくるんだけどね。

馬鹿父と馬鹿兄の姿に思い出しながら、苦笑する。父と兄も戦闘センスが群を抜いているのだ。…剣術はど素人の私でもあの2人が別格というのはわかる。それほどの才を持ち、しかもこれは2人に限った訳ではないが割と運というか引きが強いのだ。我々ムスケルイディオ家門が参加した戦に於いて負け戦はない。王国の最強の盾と矛と呼び声高い家門なのだ。それこそ、我が家門が本気になれば割と王国を支配できるのではないかと思うくらいには武の面では最強を誇る。家門の末端に渡り、権力に興味のきの字もない人々ばかりだから、王国一の軍事力と謂われながらも伯爵という位置で満足している。

その権力や地位に関しての興味の無さは今までの歴史からも物語っており、下手したら目の敵に合いそうな兵力を持ちながらも一騎士として国にも認められ、今日として平穏に暮らしているのである。そして、天賦の才がある所為か、だからこそなのか。基本脳筋なのだ、ウチの家門は。そんな難しいことは考えない、考えられないのか、第六の直感というべきかなのか。父や兄など野生と言っても遜色ない程の恐るべき直感力と天賦の才で戦という戦を駆け抜けた。それがムスケルイディオ家の歴史そのものである。…脳筋し過ぎて最早政治というのものができるような家門だと思われていない。ある意味、脳筋だからこそ現世まで名を残すことが出来たのだろう。

いや、幼い時に見た我が家の歴史書を見て度肝抜かれた。ほぼ擬音しか乗っていない。擬音と「こうと思ったからこう風にしたらできた」的なことしかほぼ書いていないのだ。外の歴史書と照り合わせてようやくどのことを言っているのか理解できたのだ。歴史書じゃなくて、あれはもう日記みたいなものである。


「父様がご迷惑を」

「あ、いや…まぁ、あれ程溺愛しているのは知ってたんだ。娘が危険に晒されたと知ったら、こっちにも矛先が向かうのは割と容易に予想が付くしね。」


私の目の前では、苦笑するヴァイゼ様の姿があった。脳筋の父はあろうことか、ヴァイゼ様に向かって「このキラキラエセ王子!へなちょこだから、娘が!」と不敬罪まっしぐらな発言と共に彼の胸倉を掴もうとしていたので、それも必至に止めたのだ。…幸いヴァイゼ様が「まぁまぁ、娘を思う親心だよ」と周りを宥めたくれたこたで何とか丸く治ったけど。時代が時代なら投獄真っしぐらである。母にこってりと絞られている筈だ。


「…なんかフェリの父上だな、とは思ったけど」

「?私はあそこまで単細胞ではないと思いますけど?」

「何と言うか…王族の俺にも真っ直ぐぶつかってくる感じがね。そういう人は珍しいからさ。」

「そういうものですかね…?」

「そういうものさ。」


思えばと、ヴァイゼは言葉を飲み込んだ。そう最初からフェリはヴァイゼをヴァイゼ個人として見てくれた。ヴァイゼは自分でも言うのも何だが顔だけの王子と呼ばれていた。女遊びに惚けて、事務処理を殆どしない無能な王子と。本人としても、いくら遊び相手は選んでいるとは言え、女性たちを取っ替え引っ替えしていたのは事実だし、それを否定する気はなかった。実際に王族としての最低限の実務しかしてなかったし、無能と言われてもまぁ反論する手立てはなかった。父と兄上には陰口を言う貴族に怒りながら、俺にも怒ってたな。

それでも、歩み方を変える気はさらさらなかった。

フェリが来てから変わった。彼女によって、行く手行く手全てを阻まれた。逃げ道を全て塞がれて…もう仕事をしっかりするしか方法がなかった。最初に会った時の給料泥棒発言は結構面白かった。もう短くない時間を彼女と過ごした。…いつからだったんだろうか。フェリが隣にいてくれることが当たり前になったのは。


「…好き」

「私も好きです。」

「へ?」

「え?」


思わず呟いた声に自身で驚く。そんな声に反応したらフェリも驚いた顔をしていた。え、というか俺今何と言った。好き、って言ったのか。それよりフェリが私も…って言ったよな。どう言うことだ。混乱しているヴァイゼを心配した目でフェリは見ていた。


「大丈夫ですか?」

「え?あぁ、うん大丈夫だ。」

「とにかく、好きって言ってたショートケーキ用意しますね?昨日友人から貰ったんですよ。」


席を立ち、ケーキと紅茶を用意するフェリの背中を見ながらヴァイゼは少し頭を整理していた。えーと、つまり、あれは…ショートケーキが好きってことか。俺がタイミングよく好きって言ったから…そういうことか。

俺、カッコ悪い。フェリのこと好き…なのか。

そう思った瞬間、身体中の熱が一気に上がった。


「ヴァイゼ様?」

「あぁ?すまん。ありがとう。」


ヴァイゼはその熱を下げるように紅茶を飲んだ。 

ヴァイゼの様子を気になりながらも、フェリはまた別の話題に頭を切り替えていた。…スカーレットで捕まえたヘブライに事情聴取をし、その内容を纏めたものが本日フェリ達の手元に来た。ヘブライが仕切りに言う「あの方々」というのは誰なのか。ヘブライから交渉と渡された資料に基づくと、隣国のナラジアとスノープリアの関係者だと言う事は何となく検討は付いているが…それ以上の進歩はない。何となくは辿れているのに、あと一歩踏み込めないような感じ。嫌な感じがする。

気の所為だといいんだけども。

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