第二話 親思う心にまさる親心
「…終わった」
お昼頃。ヴァイゼ様のか細い声が執務室に響く。
「まだ全部は終わってないですけど。はい、本日の午前中に終わらせなきゃいけない物は完了ですね。あとは_「じゃあ、休憩行ってくるから」」
「あ、待って下さい!」
「手土産は持って帰るから!待っててね、フェリ!」
だからそういう言い回しが勘違いと戸惑いを生ませるんだよ。あの生臭王子。と、心の中で呟きながら資料を纏めていく。私もあと少し詰めたら休憩にでも行こうと思っているとヴァイゼ様と入れ違いでマルテが「フェリシテ様」と顔を出した。流石は癒しの微笑み、彼の微笑みを見ただけで目尻が少し下がった気がする。
「これ秘書課の方々から預かったものです。この緑の付箋が貼られているものに関しては、明日の昼頃までには返事が欲しいとのことでした。」
「わかった。ありがとう。これぐらいなら今日の18時には渡せると思うって伝えてくれる?」
「わかりました」
じゃあ、僕はこれでと言うマルテを笑顔で送り出しながら手元に残った資料をチェックする。国賓の送り状手配や大臣たちとの接見も控えているし…こっちは明日に回すか。終業時間のケツでしっかりと終わらせられるように逆算を行っていく。フェリシテの仕事方針としては残業は基本しないである。仕事柄、どうしてもしなければならないということもあるが短縮する努力はする。
何を当たり前のことを言うかもしれないが、ここでは残業しないというのは中々珍しい。業務時間は休憩を除く8時間程と決まっている。ただ、この国の仕事概念としては残業は当たり前。大体の人は残業時間入れて10時間前後は働いている。流石に毎日ではないが、それでもだ。特に王宮の管轄各署では自分たちの仕事は国を支えており、残業することでより国の為に己の身を粉して働いている誉れだと思う節がある。私から言わせれば何と非効率的なと思うけど。残業すれば確かにその日の仕事や数年単位で見た時は非常に効果的に見えるかもしれないが、数十年などの長期で見た時は非効率極まりない。
非常に不本意、本当に不本意ではあるがあの生臭王子とそこは同一意見である。まぁ、下半身最低野郎の場合は遊ぶ時間が欲しいだけかもしれないけど。思わず顰めっ面になるとドアからノックの音が聞こえた。
「フェリシテ様、セバスです」
「セバス様?」
珍しいと思いながら、執務室に案内する。セバスさんは現国王インテッリジェンテ第23世のサンの専属秘書兼執事長である。彼がここに来ているということは王直属の伝達事項があるという訳だが。
「ヴァイゼ様なら、つい先刻休憩にと、王宮の庭園に行ってしまいましたけど。」
「ヴァイゼ様がそこに行くと?」
「?、いいえ。場所は特に言いませんでしたけど。あのお方が休憩場所に行ける所なんて限られますし。大体の行動範囲や場所はおおよそ予想できます。」
そうですか、とセバス様が満足気に首を縦振っていた様子に私は首を傾げた。
「ヴァイゼ様を良く知る貴方に折り入って頼みたいことがあると、両陛下から仰せつかっております。」
「…そうなんですね。して、用件とは?」
「私からは何とも。ただ私はフェリシテ様を両陛下からご案内しろとの指示を受けただけですので」
「わかりました…」
資料の軽く纏めて、セバス様の後を着いていく。
ヴァイゼ様関連の仕事なんて嫌な予感しかしないんだけど。そもそも両陛下ということは…国王夫妻2人からの頼み事ってことになる。あの方何やらかしたのよ。私が把握する限りは特にやらかし…女遊びはいつもの事だから省くとして。もしかして、女遊びか。それなの。いや、もうあの方の場合は生粋の女好きでもう手の施しようがない。それに、意外と言うべきか、ヴァイゼ様は遊ぶ相手はしっかり選んでいる。手を出すと王族的に不味い高位令嬢とかはしっかりと常識的な距離を保っている。私はあくまでも秘書官で婚約者ではない。いくら男としてのモラルが崩壊寸前だといえ、王族や紳士してのモラルが守られていれば、私から言う権利はない。残念ながら、貴族間だと気に入った一般市民を手籠にするということもある。いや、無理やりとかあったら私が今持てる権力を総動員してヴァイゼ様を女の敵として潰す。あの方に限ってそれはないという謎の信頼はあるのでその権力を行使する日はないだろう。まぁ、手籠めにする程女に困ってないというのもあるかもしれないけど。ヴァイゼ様、顔は良いからね。基本遊び相手は一夜限りの関係や夜這いしてきた人であることは知っている。夜這いも手出したら不味い令嬢は、ご丁寧に帰って貰っている。
「フェリシテ様、どうぞ」
「あ、ありがとうございます」
なんて事を考えている内に目的地に到着してしまった。結局は何で呼び出されたのかはわからないまま。ヴァイゼ様が呼び出されず、私だけ呼び出されたということはつまり最悪ヴァイゼ様に全部責任を押し付けてしまえば。ごめんなさい、ヴァイゼ様。私の輝く未来の為に人身御身になって下さい。
と、心中で手で拝みながら部屋に進んでいく。
「フェリシテ嬢、よくぞ来てくださった。」
「両陛下におきまして、ご挨拶申し上げます。」
「そんな堅苦しい挨拶はここでは大丈夫、それよりもこちらにお掛けになって」
「ありがとうございます」
部屋の真ん中には両陛下が座っていた。
その前にはティーセットと簡単に摘めるサンドウィッチと言った軽食が置かれていた。
「昼ご飯頃でしょ。お昼はまだよね?」
「はい」
それはよかったわ、是非に食べてと王妃様はにっこりと微笑んだ。流石、向日葵妃と呼ばれる方である。彼女の微笑みだけでこの場一帯が一気に明るくなった。
そして、そんな彼女を実に愛しそうに見つめながら微笑んでいる国王がいる。彼は愛妻家としてこの国だけではなく全土でも知れ渡っている。昔は、彼はその持ち前の端正なルックスから数多の女性から言い寄られたり、媚薬を使われたりととても苦労したらしい。それが原因で大の女嫌いとなっていたようだ。令嬢たちが近づくだけでも嫌悪感を示したこともあったらしい。
今はその鳴りは潜めており、王妃の横でにっこり優しく微笑む紳士的な賢王として名を馳せている。…お宅の息子さんはその受け継がれた類い稀なる端正なルックスを使って女遊びに精を出していますが。親子でこうも違うっていうのも中々珍しい気もする。
「それでだな、お願いというのが…」
ある程度ご飯を摘み、紅茶を軽く口を付けた後に徐ろに国王の口が開いたのだった。