第十九話 一望千里
ど、どこから間違えた。
ヘブライは焦っていた。フェリシテが落ちるのを見届け、ここから逃げる算段だった。逃げ道だって確保していた。そういう危機を察知するのは得意な方だと自負していたし、あの方々にそこを買われた。
なのに、どうして自分は王国騎士団に囚われているのだ。私は…私はここで終わる訳にはいないのだ。
「貴様らっ!私を裏切ったのか!契約があるのに!」
気が動転し、血走らせるヘブライの目はもう彼が普通の精神状態ではないことを示していた。そんなヘブライをフンと鼻で黒ずくめの男は笑った。そして、出来の悪い生徒に言い聞かせるように「あのな」と口を開いた。
「貴様と俺らの契約は、あの嬢ちゃんを誘拐し、3日間この塔に監禁すること。それから、この塔から嬢ちゃんを落とすこと。それらを完遂する為の監視や護衛を行うことだった筈だ。…貴様の護衛はあくまでもこの3日間。お嬢ちゃんが落ちるまでだ。」
だから契約には反していない、と飄々に言う男にヘブライは思わず舌打ちを打った。
「俺は死んで無い。それが全てだろう。」
黒ずくめの男は両手の手のひらを腰あたりまで上げ、軽く溜息を吐いた。ヘブライはキッと男を睨み上げた。
「話はひと段落付きましたか?」
ヘブライは今度こそ息を一瞬止めた。何故、という頭が駆け巡る。黒ずくめの男を思わず見る。彼奴が死んでいないということは、本当にフェリシテがこの塔から落ちたことになる。この塔から落ちたら死ぬ筈だ。
「何故お前がここにいるって顔ですね。落ちる時に言ったでしょ、私の主を舐めない方がいいって。」
「お前と第二王子が連絡を取り合う手段なかった筈だ。そこにいる奴らに手紙などを預けている様子だってなかった…何を、何をした!貴様っ!」
「それを言う程愚かに見えるか?俺らが。」
フェリの隣にいたヴァイゼがそう言い放った。彼には珍しくその目には怒りが宿っていた。
「ヴァイゼ様」
嫌な予感がし、諭すように名前を呼ぶと「うっ」と声を上げ私の視線から逃げるように顔を晒した。
「まだ何も言ってないぞ。」
「…まだって、何か言うつもりだったんですね。」
「あ」
全くと思い、軽く溜息を吐く。不満ありげな雰囲気がビシバシと伝わるが無視である。無視。ここで相手していたら進む話も一向に進まなくなってしまう。
「マッカーサー隊長」
「フェリシテ嬢、ご無事で何よりです。」
「こちらこそ心配をお掛けしました…それで、口の中に毒薬とかは仕込まれていましたか?」
「いいえ、何も。フェリシテ嬢の指示通りに捕獲後、剣の鞘で彼奴が口を閉じるを封じ、口の中を確認しましたがなかったです。」
「わかりました。ありがとうございます。」
いえ、とマッカーサー隊長は私に敬礼をし一歩下がった。彼は多分ここ数日ロクに寝てないだろうし今度しっかりと労ってあげないと思いつつ、ヘブライに意識を向ける。…やっぱり、毒薬はなかったか。この男の性格上自害はないと思っていたけど。
「じゃあ__っ!」
ヘブライの話を聞こうと私が近づいた瞬間、少し横で見ていた騎士団の1人が私とヘブライに剣を振り上げた。
「…本当、君達…俺の逆鱗に触れるのが得意だね…」
振り上げられた瞬間、私の前にヴァイゼ様が立ちその騎士団の男から剣を弾きその男の口に剣の鞘を入れた。鞘を口に入れられたその男は「うっ」と呻き声を上げながら何とかその鞘を取ろうとしている。
「楽に死ねると思わないでくれよ、こう見えて俺結構頭に来ているんだ。大事な俺の秘書官に手出されたこと…一度に飽き足らず二度も。」
そう言いながら抵抗する男の口から自害用の毒薬を抜き取っていた。私は思わずビクリとしてしまった。何気に初めて見たかもしれない。…ヴァイゼ様が本気で怒ったこと。ヘブライなんて、今の殺されそうになったショックとヴァイゼ様の圧でほぼ意識失いかけてるし。
「ヴ…ヴァイゼ様、ありがとうございます。」
「当たり前さ。麗しの秘書官を守るのも役割さ。」
いつもの笑顔になり、少しホッとした私がいた。
「どちらかというと私の役割が気がしますが、というか俺の秘書官って、誤解を生むような言い回しを。」
「誤解じゃない。」
「へ?」
「誤解じゃないよ、大切なんだよ。」
そういうヴァイゼ様はいつもと違って真剣な雰囲気で思わずドキリとしてしまう。…全く。これだから世の中に数多く浮名を流して来ている男は。自分の言葉と顔面の破壊力を全然理解していない。ここは秘書官である自分が頑張ればならない所のようだ。
「私も大切ですよ。主として。」
私がそう言うと、周りの騎士達が一瞬「ほ」と息を吐いた。やはり、誤解していたらしい。部下として大切という意味だったということを理解してくれたらしい。
「…………フェリ、いや、いいや。」
「何ですか?言い掛けでないで下さいよ。」
気になるじゃないですか、と言うとヴァイゼ様はククッと笑って「気にするな。」と言われた。気にするなと言われる程気になってしまうなのだが。
「もう、いいですよ。今日は2回も助けて貰って、土砂災害のときも助けてくれましたし、今日くらいは美女たちと熱い夜を迎えても文句は言いませんよ。」
なんらならご用意しましょうか、と言うつもりで口を開こうとした瞬間、ヴァイゼ様から「いいよ。」と言われた。珍しいと思ったが口をつぐんだ。
「魅力的な提案だけど。それよりも今日は、秘書官と一緒にお酒一杯飲みたい気分なんだ。付き合ってくれないか?哀れな男を助けると思って。」
「そんな言い草しなくても付き合いますよ。」
「ハハ、ありがとう。」
今日の夜の予定が決まりつつあったとき、私の後ろで様子を見ていたマッカーサー隊長が「あのう」と少し申し訳なそうに声を掛けて来てくれた。
「ヘブライの護送の準備とヴァイゼ殿下とフェリシテ嬢たちの宿泊施設と手筈が済みました。」
「ありがとうございます。」
「…それでその」
マッカーサー隊長が意を決したように私達の顔を見た。
「私もお2人がどのように連携していたのか、全くわからかなかったのですが…いえ、すいません。本当に私個人の興味というか何と言いますか。」
「あぁ、それは」
言いながら、ヴァイゼ様の顔を見る。ヴァイゼ様もこっちを見ていたようでお互い見つめ合う形になった。
「フェリ、説明してあげたら?」
「説明って、特に説明することなんて…連携というか何と言いますか…物事を順に追って説明しますね。」
そう言って、私は口を開いた。




