第十八話 死中求活
フェリシテは目の先にある森を見つめた。
ここで死ぬ訳には行かない。だからと言って、大怪我を追って生死を彷徨う訳にも行かない。
一か八か、なんていう手はあまりしたくない。
実質1人というだけで、実際は1人じゃない。これが真面目に1人だったらそれはそれで難しいことになっていたが、やっぱり私は運がいいようだ。…誘拐されている時点という話はこの際置いておくとして。
「ねぇ」
目の先は変えず、森に呼び掛けるように声を掛けた。
「それは俺に言ってるんだよな。」
「えぇ、そうよ。」
ニヤリと笑う先には黒ずくめの男がいた。顔は見えないが、雰囲気的に困惑しているのがわかる。何故、自分に声を掛けられたのかがわからないのだろう。
「ここから逃がして欲しいっていうなら、俺は行えないぞ。契約上で俺はあんたをここから出させないことになってる。悪いが諦めてくれ。」
「別に、そこはどうでもいいわ。そこより、貴方達の契約の中で私の殺しは入ってるの?」
「は?」
益々訳のわからないという雰囲気の声が部屋に響く。まぁ、単純に考えればここから逃して欲しいというのが定石だ。たが手際を見ればこの道のプロ。そして仕事の完遂力を見る限り、かなり質の良いプロ達なんだろうというのはわかる。だから、彼らは絶対に契約を結んでいると思っていた。この世界での契約というのは魔道具を使った雇用関係であることを示す。その魔法契約というのは強制力が強く、雇用者は命を賭ける代わりに雇用主はその契約内容が完遂されたときは必ず雇用者に示した金額を支払うこと。そして、その際それが雇用主の生死は問わない…といった内容だ。雇用者は命を賭ける代わりに完全遂行さえすれば契約上で示された物は確実に手に入るという物だ。余程の腕利き達はよく契約を使う。
…考えは合っていたようね。
「貴方、最初に私の殺しは入っていないと言ってたわよね。出来れば、貴方達の契約内容を詳しく聞きたいところだけど、それは難しいものね。」
「殺しは入っていない。」
「そう、それは良かった。貴方達に今より倍の儲け話がかるんだけど、どう聞いてみない?」
「はい?」
「損はさせないわよ。」
にっこりと笑う私を胡散臭そうな雰囲気を醸し出しながら、黒ずくめの男は見た。
「…話だけは聞いてやる。」
「そう来なくちゃ。」
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タイムリットまであと5分弱。
フェリシテを黒ずくめの男達は塔の窓側に連れて行った。あとはフェリシテのロープが切れれば自動的に落ちる手筈である。その様子をニヤニヤと気色悪く笑ってみているヘブライがいた。フェリシテの最後をこの目で見届けようと思ったのだ。フェリの最後の言葉も実は気になっていたのだ。…第二王子の懐刀。あの方々が第二王子や他の王族達よりも真っ先に消すべきと判断する程の注意人物。だが、ヘブライにとってはそれが不思議だった。確かに、この時代と言えど女性というハンデを抱えながら、最年少の宮廷内文官試験に合格し、学生の身ながらに秘書官に着任。その後は実質的な筆頭秘書官となりながらも、学業と兼業し卒業後は名実共に第二王子の筆頭秘書官に就任した強者。…頭の切れる者であり、用心すべき人物ではあるが厄介になるほどの者でもないとヘブライ自身は思っていた。
やはり、この程度で死ぬ位の奴なのだ。
「最後に言い残したことはあるか。」
ヘブライはニヤリと笑いながら、フェリシテを見る。フェリシテは先程の威勢はないものの、目が凛とした輝きを消していなかった。…腹立つその目を曇らせることは失敗したが、彼女が消えればこの漠然とした焦燥ともおさらば出来るだろう。それで満足だ。
「私の主、舐めないで下さい。」
彼女の笑顔に嫌な予感を感じた瞬間、ヘブライの目の前から彼女は消え去った。なのに、焦燥は消えなかった。
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死ぬ。いや、これは死ぬ。
いやぁぁぁという声にならない心の声を叫びながら、森の方にフェリシテは落ちていく。自分で決めたことだが、時期尚早だったかもしれない。若干の後悔を抱えながら、落ちていくと、目の先には数人の人影が見えてくる。こちらからも、誰が誰かと辛うじて判断できるようになったとき。その真ん中で見慣れた男が私に向かって声を張ろうとしていた。
「フェリ!」
されど3日。たった3日しか経ってないのに酷く懐かしさを覚える。この3日間が濃すぎたのだ。柄にもなく泣きそうになる。言いたい文句、一杯あったのに。彼の無事の姿を見たら、安心が勝って文句とか不満とか色々諸々忘れしまった。ただ、これだけは言わなければ。
「ヴ…ヴァイゼ様!私をキャッチして下さい!」
「開口一番がそれか。」
フェリらしいとらしいけど、と何だかため息を吐いて呟いている。何だか侵害だ。
「キャッチは無理だけど…」
俺の腕折れちゃうからね、と言いながら私に向かって魔道具を投げつけた。その瞬間、私の周りに薄い膜が張られる。そして徐々にゆっくりと降下していった。
「ヴァイゼ様、ご無事で良かったです。」
「…待って。」
地面着いた後、膜が弾けるように解かれた。私の目前にいたヴァイゼ様が少し慌てるように私の前に静止するように手の平を差し出してきた。周りの護衛騎士達は話の流れが全く見えないのか不思議な顔でこっちを見てる。
「嫌です。罰だと思って受け入れて下さい。」
「俺…フェリの命の恩人だよね?」
「男なら黙って受け止めて下さい。」
「…はい…」
その瞬間、私の目から涙が溢れ出す。周りの護衛騎士達は私の突然の涙に固まる。ヴァイゼ様は「嫌なら殴ってね」と言いながら私を腕に包み込んだ。彼から伝わる温かさが彼が生きているということを改めて実感され、より涙が出てくる。…ヴァイゼ様が生きている。
「怒られるのも、寸止めされるのも、仕事色々調節されるのも…全然平気なんだけど。フェリにそう泣かれるのが1番堪えるし、どうしていいのかわからなくなる。」
「わかってます。わかってるから、泣いているんです。言ったでしょ、罰として受け止めて下さいって。」
「手厳しいね、麗しの秘書官殿は。」
それからは、ヴァイゼ様の腕の中で泣きながら「何故私を助けたのか」や「己の身を優先すべきだ」とか色々説教じみた事を呟いた。その間、彼は苦笑しながら私の呟きを静かに聞いていた。気づかぬ間に護衛騎士達にもこちらを見ないようにと、距離を少し置いてくれたらしい。何だかこういう時だけ年上振るから癪に障ると思いながら、思いの丈をぶつけた。
「ごめん。だけど多分俺、もう一回あういうことがあったらもう一回フェリを助けるよ。」
そう言って笑うヴァイゼ様の笑顔は困ったような嬉しいような顔をしていた。免疫が無ければ、穂を紅く染めるのだろうけど。ここは恋愛小説でもなければ、私に免疫が無いわけではない。だからこそ、言う事は言う。
「何ですか、殿下の耳は飾りですか。」
「…あれ?俺けっこう今いい事言った気がするんだけど。乙女が心躍るような感じで。」
「乙女って、何また訳のわからない事を。まぁ、いいです。助けてしまうというのがヴァイゼ様なら、私はヴァイゼ様の秘書官です。ですから_」
"貴方の道を全力でサポートします。そして、それを阻む者がいたら全力で戦います。"
と少し胸を張って言った。それを聞いたヴァイゼ様は少し目を見開いて、その後すぐに笑った。
「うんうん、それでこそ我が麗しの秘書官殿だな。」
「笑いながら言われても全然説得力ないですが。」
ワハハ、と殿下の笑い声が夕陽の空に溶けていった。




