第十六話 尽忠報国
「…では、これでお願いします。」
「承知致しました。早速、移らせていただきます。」
殿下の捜索隊に指示を振り終わり、一息を着いた。あっちもひと段落着いたところだろう。資料を纏めて、マッカーサー隊長たちの所に戻ろうと足を動かす。
その瞬間、視界が暗転した。
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「んん…」
見慣れない天井を数秒を見つめた後、自分が殿下を探していたことを思い出し、体を起こそうとするが起こさなかった。…え、どういうこと。自分の身体の違和感を辿っていく。どうやら、背後に手首をロープで絞められているようで、上手く力が入らずに立ち上がることができなかったようである。全く訳がわからない。
状況的に私は誘拐、もしくはそれに近いことになっているようだが。何で?と頭に疑問点が浮かび上がる。
「とにかく、状況把握よね。」
私が横になっているのはベット。簡素だが、ベットとトイレもあり清潔感がある。小さいが、窓もあり夕日の光が部屋に差し込んでいる。…私が貴族という立場にあることに知っている人物の犯行ぽいな。手際といい、その道のプロが実行犯だろう。つまり、私の立場を知っていてその道のプロを雇えるくらいの潤沢な資金を持っている人間。そうなると…貴族か。だけど、どこの貴族なんだろうか。そもそもの目的は何なのか。
「情報が少なすぎる。…私が寝てどのくらいかしら。」
殿下の救助のタイムリミットは3日間。もう1日は潰れていることは確実なので、あと2日。私が攫われたことによって指揮系統が混乱していなけばいいんだけど。
「こんなことなら、マッカーサー隊長のススメ通りに護衛の1人や2人付けて貰った方が良かったわ。」
「そのお陰で、俺達は仕事しやすかったけどな。」
突然の声に、思わず肩を上下に揺らした。動くにくい体を何とか反対側に向け、背後を伺った。私の視線の先には黒ずくめの人間が立っていた。体格的に男だろう。それよりも…全く気配を感じることができなかった。
「貴方は…誰?…」
「別にそんなことはどうでもいいだろう。強いて言うなら雇われた人間だ。」
「…そう、私をどうするつもり?」
「へぇ、こりゃは驚いた。泣くか喚くか、それともどっちもかと思ってたのに。肝の据わった令嬢だ。」
まぁ、安心しろとその黒ずくめの男は私の前にご飯を置いた。湯気が立っている。焼きたてのパン?…この部屋もそうだけども誘拐された割には待遇が良いのか。
「殺しは入ってない。俺たちは、ただ嬢ちゃんをここに3日間閉じ込めるだけ。その後は知らんが。」
「な!」
嘘でしょ、という言葉は呑み込んだ。殺されるという危険は無くなったから良かったけど。依頼主は誰とバカ直球に聞いても答えてくれないだろうし。
…どうすれば。
私だって、一応伯爵家の令嬢だし。私が誘拐されたことを完全に無視できない。それに、私の父がそうそうに黙ってない。きっと「ワシが助けに行く!」という父を部下の皆さんが総出で止めてくれている筈。
私の捜索に騎士を数人と言え、掛かるとなると殿下の捜索が遅くなる可能性が高い。場合によっては、最悪手遅れ…自分の顔の血の気が引くのを感じていく。
最悪のシナリオに血の気が引いていると、唯一の出入り口から身なりの整った男が入ってきた。
「あまりペラペラと喋られるのも困りものだ。別に大した情報でもないだろうが。」
「…貴方は。」
その男は見覚えがあった。数年前の殿下の付き添いで行ったパーティで軽く挨拶したことがあった。えーと、名前は確か…貴族辞典を必死に捲っていく。
「ザラゲート様…」
「第二王子の懐刀である貴殿に覚えて貰えていたとは。光栄だな。そうだ、ヘブライ・ザラゲートだ。」
微かな記憶を辿っていく。南部貴族の一人、現大領主とも面識があり、南部の方ではそこそこ発言力があった筈。…正直、私を誘拐する動機がないような。
「…どうして…こんなことを…」
「より力を欲したからだ。君をここに閉じ込めるが成功した時点で半分はもう達成されている。」
ニヤリと欲に満ちた気色悪い笑みを向けられる。だが、どうしてこんなことをするのか。私には今一理解ができなかった。私の反応を見て、私が彼等を理解できていないことを感じ取っただろう、ヘブライは私を可哀想な奴を見るような目で私を見下ろした。
「お前達はこの国の全体を把握できてないのだな。」
「…把握できてないですって?」
思わず声が低くなったのは、仕方ないことである。私達、特に王族に仕える者たちは常に世情を把握しなければ秘書官なんて言う仕事は務まらない。つまり、秘書官としての私達が無能だと、この男は言っているのだ。確かに、自分が秘書官として完璧かと言われてしまえば、完璧とは言えない。それでも、完璧に近づく努力は怠ったことはないと自負してる。とにかく、こんなぽっと出男にとやかく言われる筋合いはない。
「君はいつまでも王族が王族で居られると思うか?」
「王族転覆を匂よわせる発言には注意を。」
「ほら、そこだ。」
わからず、眉を吊り上げる。そんな私をヘブライは嘲笑った。一々勘に触る奴だ。ヴァイゼ様だってこんな私をイラつかせたことなんてない。
「まぁ、よい。私は君に交渉しに来たのだよ。」
友好のゆの字もなかった癖に、と毒舌が出そうになるのを必死に呑み込む。それより、私を捕まえたことで半分は達成されているとはどういうことなんだろうか。
「こっち側に着くつもりないか?」
「はい?」
「君は有能な第二王子の秘書官だ。そして、第二王子の信頼も厚い。王族連中にもな。」
「人を馬鹿にしないで。」
「馬鹿になんかしてないさ。だから、交渉材料を準備した。これを見ても意思が濁らなきゃいいけどな。」
気がついたら、私の後ろには黒ずくめの男がいた。その男は小刀を出すと私の手首を締めていたロープを切った。思わぬ手首の開放に、驚きながらも目の前に置かれた資料とやらひ目を通そうと手を伸ばす。
「ご飯を食べながら見るといい。」
ヘブライはまた気色の悪い笑みを溢して、私の所を後にした。その後、脱走させない為か、黒ずくめの男が2人私の部屋に残された。そもそも、ここがどこなのかもわからないのに逃げるかとなんかできる訳ない。
お腹空いてたら、回る思考も回らないわよね。一応匂いを嗅ぎながら毒が入っていないことを確認しつつ資料にも目を通していく。…ヴァイゼ様、無事発見されているといいんだけども。「麗しの秘書官どの」といつものふざけた彼の姿を思い浮かべながら、無事を祈った。




